硯友社の沿革(尾崎紅葉)のあらすじ・登場人物
紅葉が語る硯友社の誕生
- 文字数
- 10,374字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
尾崎紅葉が晩年に口述した回想録。1901年(明治34年)1月、雑誌「新小説」に発表された。自ら創設に携わった文学結社「硯友社」の成り立ちを、山田美妙との出会いから機関誌「我楽多文庫」創刊に至るまでの経緯とともに語った第一級の文壇史料である。
あらすじ
紅葉は、硯友社の年代記をまとめたいと思いながらも記憶が薄れ資料も散逸していると前置きしたうえで、その起こりを語り始める。明治15年頃、東京府第二中学に在学していた紅葉は、多芸多才で評判の少年・山田美妙(山田武太郎)と親しくなる。二人の交友をきっかけに、石橋思案ら気の合う仲間が集まり、互いに文章を見せ合う集まりが生まれた。これがやがて硯友社と名付けられ、機関誌「我楽多文庫」の創刊へとつながっていく。紅葉は社の草創期のいきさつや機関誌の変遷を懐かしみながら語り、長い年月のうちに仲間たちがそれぞれ実業家や官吏、行方知れずなど様々な道へ散っていったことにも触れ、硯友社のこれからにも思いを馳せて筆を置く。
登場人物
- 山田美妙(山田武太郎) 紅葉が東京府第二中学在学中に親しくなった多芸多才の学友。硯友社結成のきっかけとなる
- 尾崎紅葉 語り手本人。硯友社創設の経緯を回想する
冒頭部(原文より)
夙て硯友社の年代記を作つて見やうと云ふ考を有つて居るのでありますが、書いた物は散佚して了ふし、或は記憶から消え去つて了つた事実などが多い為に、迚も自分一人で筆を執るのでは、十分な事を書く訳には行かんのでありますから、其の当時往来して居つた人達に問合せて、各方面から事実を挙げなければ、沿革と云ふべき者を書く事は出来ません。
「硯友社の沿革」尾崎紅葉(青空文庫)
末尾部(原文より)
硯友社の沿革に就いては、他日頗る詳しく説く心得で茲には纔に機関雑誌の変遷を略叙したので、それも一向要領を得ませんが、お話を為る用意が無かつたのですから、這麼事で御免を蒙ります。
「硯友社の沿革」尾崎紅葉(青空文庫)
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