久保田米斎君の思い出(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
舞台装置家を偲ぶ
- 文字数
- 8,435字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
岡本綺堂が、舞台装置家・久保田米斎の思い出を語った談話。1937年(昭和12年)6月、「伝記」に発表された。自作の上演を通じた長い付き合い、芝居に都合のよい装置を作る人柄、日本と外国の舞台の違いなど、芝居の裏方の仕事ぶりがわかる。
あらすじ
綺堂は、米斎の画の方は分からないので芝居の方の話だけをすると断って語り始める。米斎が初めて舞台装置を手がけたのは明治37年の歌舞伎座の公演で、父米僊の衣裳考証の縁だったと見る。以後、綺堂の新作の多くで装置を任され、大正期には松竹の各劇場を掛け持ちする忙しさだった。米斎は芝居の都合を考えて装置や衣裳を工夫し、事前に粗図で相談してくれたので安心できたが、烏帽子の件のように頑固な面もあった。幕間が短く舞台装置や化粧に手間をかけられない日本の芝居の事情、掘出し物の逸話、俳句や旅の話、最後の病気と訃報にも触れ、書いた芝居の五、六十作で世話になったことを夢のように思い返す。
登場人物
- 久保田米斎(くぼたべいさい) 画家で舞台装置家。綺堂の芝居の多くで装置や衣裳の考証を担当した。
- 久保田米僊(くぼたべいせん) 米斎の父。歌舞伎の扮装の考証をした。
- 久保田金僊(くぼたきんせん) 米斎の弟。日清・日露戦争に従軍した。
- 森鴎外(もりおうがい) 『日蓮上人辻説法』の作者。
- 長谷川時雨(はせがわしぐれ) 『桜吹雪』の作者。
冒頭部(原文より)
久保田米斎君の事に就て何か話せということですが、本職の画の方の事は私にはわかりませんから、主として芝居の方の事だけ御話するようになりましょう。これは最初に御断りしておきます。
「久保田米斎君の思い出」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
私の作で米斎君の御世話になったものは五、六十位ありましょう。考えると何だか夢のようです。
「久保田米斎君の思い出」岡本綺堂(青空文庫)
原文を読む
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