くだもの(正岡子規)のあらすじ・登場人物
病牀の子規が愛した果物
- 文字数
- 8,059字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
正岡子規が1901年(明治34年)、俳誌「ホトトギス」に発表した随筆。脊椎カリエスに苦しむ病牀にあって、子規が愛してやまなかった果物への尽きない興趣を、闊達な筆で綴る。果物の語義や種類の考証から、旅先で味わった苗代茱萸(グミ)や柿の思い出まで、話は自在に広がっていく。とりわけ末尾、奈良の宿で美しい下女が御所柿をむいてくれ、折しも東大寺の鐘が鳴り渡る情景は、名句「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の趣を思わせる、子規随筆屈指の名場面として知られる。
あらすじ
植物学でも産物学でもなく、ただ病牀で食べてみた味のよしあしを語るのだ――そう断って、子規は大好きな果物について思うままに筆を進めていく。「くだもの」という語の由来や、栗・椎の実など「木の実」との区別、西瓜や真桑瓜の位置づけといった考証に始まり、話はやがて自身の食べた果物の思い出へと移る。信州路の旅で、道端に真赤に熟れた苗代茱萸(グミ)を見つけて堪らなくなり、峠の茶店で分けてもらって馬上で頬ばった愉快。そして奈良に遊んだ折、宿の美しい下女が大鉢に山盛りの御所柿をむいてくれ、うっとり見とれているとボーンと初夜の鐘が鳴った――東大寺の大釣鐘だと聞かされ、障子を開ければ頭上に東大寺、鹿の声も届くという。病に伏しながらもみずみずしい食欲と旅の記憶をたぐり寄せる、子規随筆の名品である。名句「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」に通じる柿と奈良の情景が、その掉尾を飾る。
登場人物
- 余(正岡子規) 病牀にあって、愛してやまない果物の味わいと旅の思い出を綴る筆者
- 奈良の宿の下女 御所柿を大鉢にむいてくれた色白の美しい女。月ヶ瀬の生まれという
冒頭部(原文より)
植物学の上より見たるくだものでもなく、産物学の上より見たるくだものでもなく、ただ病牀で食うて見たくだものの味のよしあしをいうのである。間違うておる処は病人の舌の荒れておる故と見てくれたまえ。
「くだもの」正岡子規(青空文庫)
末尾部(原文より)
あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるという。東大寺がこの頭の上にあるかと尋ねると、すぐ其処ですという。余が不思議そうにしていたので、女は室の外の板間に出て、其処の中障子を明けて見せた。なるほど東大寺は自分の頭の上に当ってある位である。何日の月であったか其処らの荒れたる木立の上を淋しそうに照してある。下女は更に向うを指して、大仏のお堂の後ろのおそこの処へ来て夜は鹿が鳴きますからよく聞こえます、という事であった。
「くだもの」正岡子規(青空文庫)
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