枕草子(清少納言)のあらすじ・登場人物
春は曙、やうやう白くなりゆく
- 古典
- 文字数
- 127,559字
- 読了目安
- 約4時間15分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 京都府
この作品について
平安時代の中期、一条天皇の中宮定子に仕えた清少納言がつづった随筆。成立は長保年間(1000年前後)ごろとみられるが、はっきりしない。名高い「春は曙」の一節に始まり、「山は」「すさまじきもの」「うつくしきもの」のように同じ類のものを書き並べる章段、定子のもとでの華やかな宮仕えの日々を描く日記風の章段、四季や人の世への思いを自由に記した随想風の章段が入りまじる。鋭い観察と機知に富んだ軽やかな文章で、しみじみとした情趣の「源氏物語」が「もののあはれ」の文学と呼ばれるのに対し、明るく知的な「をかし」の文学とされ、鴨長明「方丈記」・兼好法師「徒然草」と並ぶ日本三大随筆の一つに数えられる。定子の実家の中関白家が衰えていく時期に書かれながら、定子の後宮の輝きを多く書きとどめる一方、中関白家の逆境に触れる章段もある。書名の由来は、巻末の跋文に見える「枕にこそはし侍らめ」の言葉に結びつけて説かれる。本書は国文大観(丸岡桂・松下大三郎 共編、板倉屋書房、1906年)による原文で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
作品は「春は曙」に始まり、春は明け方、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は早朝と、四季それぞれのいちばん心ひかれる時を挙げてみせる。続く数多くの章段は、大きく三つの種類に分けられる。一つは「山は」「市は」「すさまじきもの」「にくきもの」「うつくしきもの」「ありがたきもの」のように、同じ類のものを書き並べる章段で、昼にほえる犬や春の網代を興ざめなものに、ねずみ鳴きをすると跳ねるように寄ってくる雀の子を愛らしいものに、しゅうとにほめられる婿をめったにないものに数えるなど、作者の鋭い観察眼と好みがのぞく。二つめは、中宮定子のもとでの宮仕えの日々を書きとめた日記風の章段である。中納言隆家が見たこともない扇の骨を手に入れたと自慢すると「それでは扇のではなく、くらげの骨でしょう」と返して笑わせ、作者を誤解して口もきかなかった頭中将斉信が白居易の詩句の続きを問うてくると、消えた炭で「草のいほりを誰かたづねむ」と書きつけて殿上の人々をうならせる。頭弁行成とは函谷関の故事をふまえて「夜をこめて鳥のそらねははかるとも」の歌を贈り、雪の降り積もった日、定子に「少納言よ香炉峰の雪はいかならむ」と問われると、格子を上げさせて御簾を高く巻き上げてみせる。職の御曹司の庭に作った雪の山がいつまで残るかを言い当て合う話、帝の猫に飛びかかったとがめで打たれ、犬島へ流された犬の翁丸がやつれて戻ってくる話なども、宮廷の日常を生き生きと伝える。三つめは、自然や人の世について心に浮かぶことを自由につづった随想風の章段である。巻末の跋文で作者は、内大臣が定子に献上した紙を「枕にこそはし侍らめ」と申し出て賜り、里居のつれづれに見聞きし思ったことを書き集めたのがこの草子で、人に見られるとは思っていなかったと、その成り立ちを打ち明ける。
登場人物
- 作者 清少納言。中宮定子に仕える女房で、漢詩文の素養と機知で知られる
- 中宮定子 一条天皇の中宮。作者が心から仕えた主人で、明るく聡明な人柄に描かれる
- 一条天皇 定子の夫である帝(作中では「うへ」)
- 藤原道隆 定子の父。関白として中関白家の栄華を築いた(作中では「殿」)
- 藤原伊周 定子の兄。大納言、のちに内大臣
- 藤原隆家 定子の弟。中納言。珍しい扇の骨を自慢して作者にやりこめられる
- 藤原斉信 頭中将。作者を誤解して遠ざけるが、詩句のやりとりを機に打ち解ける
- 藤原行成 頭弁。作者と気の置けない交友を結び、逢坂の関の歌を贈られる
- 橘則光 修理亮。作者と「いもうと」「せうと」と呼び合う間柄
- 翁丸 宮中で飼われていた犬。帝の猫に飛びかかって罰を受ける
冒頭部(原文より)
春は曙、やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏はよる、月のころはさらなり、闇もなほ蛍飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし。秋は夕暮、夕日はなやかにさして、山ぎはいと近くなりたるに、鳥のねどころへゆくとて三つ四つ二つなど飛びゆくさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるがいとちひさく見ゆるいとをかし。日入りはてゝ風のおと虫のねなどいとあはれなり。冬は雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜などのいと白く、又さらでもいと寒き、火などいそぎおこして炭もてわたるもいとつきづきし。ひるになりてぬるくゆるびもてゆけば、すびつ火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし。
「枕草子」清少納言(青空文庫)
末尾部(原文より)
大かたこれは世の中にをかしき事を、人のめでたしなど思ふべき事、猶えり出でゝ歌などをも木草鳥虫をもいひ出したらばこそ、思ふほどよりはわろし心見えなりともそしられめ、唯心ひとつにおのづから思ふことをたはぶれに書きつけたれば、物に立ちまじり、人なみなみなるべき耳をも聞くべきものかはと思ひしに、「はづかしき」なども見る人はのたまふなれば、いとあやしくぞあるや。げにそれもことわり、人のにくむをも善しといひ、誉むるをも悪しといふは、心のほどこそおしはからるれ。唯人に見えけむぞねたきや。
「枕草子」清少納言(青空文庫)
名文
春は曙、やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる。
「春はあけぼの」の段。夜が明けゆく空の色の変化を一筆で捉える。日本人の季節感を象徴する、枕草子の最も有名な書き出し。
夏はよる、月のころはさらなり、闇もなほ蛍飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし。
四季を述べた冒頭の「夏」。月夜の明るさも闇の中を飛び交う蛍も、雨の夜さえも趣深いとする。
秋は夕暮、夕日はなやかにさして、山ぎはいと近くなりたるに、鳥のねどころへゆくとて三つ四つ二つなど飛びゆくさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるがいとちひさく見ゆるいとをかし。日入りはてゝ風のおと虫のねなどいとあはれなり。
冒頭の「秋」。山の端に沈む夕日、ねぐらへ急ぐ鳥、日没後の風の音や虫の音と、視覚から聴覚へ移る秋の情趣。
冬は雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜などのいと白く、又さらでもいと寒き、火などいそぎおこして炭もてわたるもいとつきづきし。ひるになりてぬるくゆるびもてゆけば、すびつ火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし。
冒頭の「冬」。雪や霜の朝の厳しい寒さと、炭を運ぶ火桶の風景を「をかし」と見、昼になって火が灰がちになるのは興ざめだと言う、清少納言らしい率直さ。
ふりに書きたるちごの顔。雀の子のねずなきするにをどりくる。又べになどつけてすゑたればおや雀の虫などもて来てくゝむるもいとらうたし。三つばかりなるちごの急ぎて這ひくる道に、いとちひさき塵などのありけるをめざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへておとななどに見せたるいと美くし。あまにそぎたる児の目に髪のおほひたるを掻きはやらで、うちかたぶきて物など見るいとうつくし。たすきがけにゆひたる腰のかみの白うをかしげなるも見るにうつくし。
「うつくしきもの」の段の前半。雀の子や、這ってきた幼子が小さな塵を指でつまむ様子など、小さなものへのまなざしが光る。
昼ほゆる犬、春の網代、三四月の紅梅のきぬ、ちごのなくなりたる産屋、火おこさぬ火桶すびつ、牛にくみたる牛飼。
「すさまじきもの」の段の書き出し。昼に吠える犬、春の網代、火の入っていない火桶など、時機を外して興ざめなものを並べる。
しうとに誉めらるゝむこ、又しうとめに思はるゝ嫁の君、物よく抜くるしろがねの毛抜、しう譏らぬ人のずさ、つゆのくせかたはなくてかたち心ざまも勝れて、世にある程いさゝかのきずなき人。
「ありがたきもの」の段の書き出し。姑に思われる嫁、よく抜ける銀の毛抜きなど、めったにないものを挙げ、人間関係の機微へ筆が進む。
香炉峰の雪はいかならむ」と仰せられければ、御格子あげさせて、御簾高く巻き上げたれば、笑はせたまふ。人々も皆さる事は知り、歌などにさへうたへど、思ひこそよらざりつれ。
中宮定子の問いかけに、白居易の詩句を踏まえて御簾を高く上げてみせた機知の場面。清少納言の才気を伝える逸話として名高い。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:丸岡桂・松下大三郎 共編「國文大觀 日記草子部」(板倉屋書房、1906年)所収の「枕草紙」。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、枕草子の本文だけを収録した(本文の脇の異本の注記・傍注は省き、区切りの記号は段落の改めに置き換え、変体仮名は通行の仮名に改めた)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。