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最上川(斎藤茂吉)のあらすじ・登場人物

郷里の川の思い出

斎藤茂吉 1938年(昭和13年)6月 「東京日日新聞」

文字数
1,317字
読了目安
約3分
表記
新字旧仮名
種別
随筆
舞台
  • 山形県

この作品について

斎藤茂吉が郷里山形の最上川を、少年時代の思い出とともに語った短い随筆。「お国自慢」と言いつつ、実際の経験は少ないと謙遜しながら、十三歳のときに小学校の先生に連れられて川畔を旅した記憶を綴る。

あらすじ

最上川は私の郷里の川だから、世の人のいう「お国自慢」として記述することは山ほどあるように思うが、少年の頃に東京へ来てしまったため、実際の経験は誠に少ない、と筆者は始める。十三歳のとき、上山小学校の訓導が五人ばかりの生徒を引率して旅に出た。第一日目は上山の裏山を越えて、最上川畔の百目木に泊まった。川幅はもう広く、生まれて初めて見る広い川であった。向こうの断崖に沿って人が綱で舟を曳いてのぼる光景も見た。結びでは、先生がその夜ひそかに酒を飲んだのを少年は分からず、翌朝「先生は昨夜は酒のんだ。けんど、日記さ付けんな」と上機嫌だったと思い出す。

冒頭部(原文より)

 最上川は私の郷里の川だから、世の人のいふ『お国自慢』の一つとして記述することが山ほどあるやうに思ふのであるが、私は少年の頃東京に来てしまつて、物おぼえのついた以後特に文筆を弄しはじめた以後の経験が誠に尠いので、その僅の経験を綴り合せれば、ただ懐しい川として心中に残るのみである。

「最上川」斎藤茂吉(青空文庫)

末尾部(原文より)

 芭蕉が奥の細道で『あつき日を海に入れたり最上川』と詠んだのはこの酒田の日和山といふところであつた。少年であつた私等は無論芭蕉の句などは知らず、訓導もそのころは芭蕉の句を云々する者などはゐなかつたと同様に、かういふ句のあることなどは知らなかつた。そしてその夜は少年を皆寝かして置いて、先生は別な部屋で女中と酒を飲んだ。女中といつても、北陸道の越後、ここの荘内、酒田から羽後の海岸一帯にかけて、女の顔容とその膚とが特に美しい。先生は少年を引率し、全部徒歩で山の難路を越えて来たのだから、ここで秘かに酒を飲んだといふことは、まことに無量の味はひがあるが、少年にはそんなことが分からう筈がない。ただ翌朝『先生は昨夜は酒のんだ。けんど、日記さ付けんな』といつて甚だ上機嫌だつたのでおぼえてゐる。(昭和十三・六・二十二)

「最上川」斎藤茂吉(青空文庫)

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