蚤(斎藤茂吉)のあらすじ・登場人物
蚤と暮らした日々
- 文字数
- 2,585字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
この作品について
斎藤茂吉が、蚤をめぐる思い出を、昆虫を観察する医者の目とユーモアで綴った随筆。明治期の浅草での少年時代、蚤を瓶に飼った経験と、戦後のDDTによる変化を比べる。
あらすじ
蚤という昆虫は夏分になると至るところにいて、安眠を妨げる困りものである。故郷の村にも蚤は多かったが、東京にはいないだろうと想像して上京してみると、東京にも多かった。明治二十九年ごろ、筆者は浅草の三筋町に住んでいた。診察室の絨緞の下には蚤の幼虫が多く、繭や蛹もあり、筆者はそれらを集めて重曹の空き瓶などに飼った。皮膚に瓶の口を当てて血を吸わせ、雄が雌に交尾する様子も観察した。昭和二十二年の冬に疎開先から東京に帰ると、DDTの散布で蚤がおらず、翌年の夏至ごろにも出ず、汗をかきながら蚤のいない夏の床に眠ることができた。
冒頭部(原文より)
蚤という昆虫は夏分になると至るところに居るが、安眠を妨害して、困りものである。 生れ故郷の村にも蚤は沢山いたが、東京という大都会には蚤なんか居ないだろうと想像して、さて東京に来てみると、東京にも蚤が沢山いた。 それは明治二十九年時分の話で、僕は浅草の三筋町に住んでいた。その家(浅草医院といった)の診察室に絨緞が敷いてあったが、その絨緞を一寸めくると、蚤の幼虫も沢山つかまえることが出来た。それから繭をつくって、蛹になったのも居た。僕はそれ等をあつめ、重曹の明瓶などに飼っていたことがある。無論蚤の成虫もつかまえて飼って居た。時々前膊の皮膚に瓶の口を当てて血を吸わせたりする。蚤の雄が一瞬に飛ついて雌と交尾したりするありさまを見る。蛹がようやく色が濃くなって成虫になるありさまを見る。瓶の口には紙のふたをし、針でこまかい穴をあけて置けば死なずに居る。
「蚤」斎藤茂吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
昭和二十二年の冬に疎開先を引きあげて東京に帰って来た。蚤が居るかとおもうと蚤がいない。これはDDT撒布のたまものであった。昭和二十三年になった。春の彼岸あたりは蚤が出るかとおもうと、蚤が出ない。夏至ごろになったら蚤が出るとおもうとやはり出ない。僕は汗をかきながら、蚤のいない夏床のうえに眠ることが出来た。
「蚤」斎藤茂吉(青空文庫)
原文を読む
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