島木赤彦臨終記(斎藤茂吉)のあらすじ・登場人物
盟友を看取る記録
- 文字数
- 10,973字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
この作品について
アララギの同門で親友だった島木赤彦の死を、斎藤茂吉が記した追悼の文章。1926年(大正15)3月、諏訪に赤彦を見舞った歌人たちが臨終に立ち会うまでを、事実を重ねて記録する。歌壇の中心人物を看取った者の目で、静かに、時に生々しく描かれている。
あらすじ
大正十五年三月十八日の朝から、藤沢古実、中村憲吉、土屋文明らが次々に赤彦の病床がある長野の諏訪へ向かう。二十一日の午過ぎ、茂吉も画家の平福百穂、岩波茂雄らとともに新宿駅を立ち、上諏訪の旅館で一夜を過ごす。主治医が黄疸が一時的なものでないとほのめかしたことなど、病状の経過が語られる。友人たちが集まる中、赤彦は衰弱してゆき、ついに歿する。痩せて黄色になった顔には昔の面影がなく、疎らに延びた鬚髯に村人時代の顔容を思い起こす。師の臨終に立ち会えなかった土田耕平への思いも添えられる。
冒頭部(原文より)
一 大正十五年三月十八日の朝、東京から行つた藤沢古実君が、蔭山房に赤彦君を見舞つた筈である。ついで摂津西宮を立つた中村憲吉君が、翌十九日の午ちかくに到著した筈である。廿日夜、土屋文明君が東京を立つた。 翌廿一日の午過ぎに、百穂画伯、岩波茂雄さんと僕とが新宿駅を立つた。たまたま上京した結城哀草果君も同道した。少しおくれて東京から高田浪吉、辻村直の両君が立ち、神戸から加納暁君が立つた。
「島木赤彦臨終記」斎藤茂吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
続いて朋友、門人の銘々が赤彦君の脣を霑した。その時僕等は、病弱のゆゑに、師の臨終に参ずることの出来ない土田耕平君をおもはざることを得なかつた。けふは天が好く晴れて、雪がどんどん解けはじめてゐる。友島木赤彦君はつひに歿した。痩せて黄色になつた顔には、もとの面影がもはや無いと謂つても、白きを交へて疎らに延びた鬚髯のあたりを見てゐると、の村人時代の顔容をおもひ起させるものがあつた。
「島木赤彦臨終記」斎藤茂吉(青空文庫)
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