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森の紫陽花(泉鏡花)のあらすじ・登場人物

千駄木の森、昼もなお暗し

泉鏡花 1901年(明治34年)8月

文字数
1,932字
読了目安
約4分
表記
旧字旧仮名
種別
随筆
舞台
  • 東京都

この作品について

昼なお暗い千駄木の森を歩きながら、そこかしこに咲く紫陽花と、狐狸の噂の残る古井戸、そして高島田の美しい女の姿を書きとめた泉鏡花の小品。わずか数枚の随筆でありながら、雨と闇と花の色が渾然と溶けあい、鏡花の文章そのものが一つの妖しい絵になっている。

あらすじ

千駄木の森は夏でも昼なお暗い。深い森というほどではないが、周囲を樹林に取り巻かれているため、不動坂・団子坂・巣鴨へ通じる蜘蛛手の道は、黄昏どきの山路をたどるようだ。日の光が薄いので小雨のあとも道は乾かず、水溜まりには蛭も泳ぐかと気味が悪い。あるとき雨の夜、友の家からの帰りにこの森を抜けた「我」は、真の闇のなかで竹垣を手さぐりに、蜘蛛の巣を頬に受けながら泳ぐような姿で歩いた。樹立を出れば、町のほうは車軸を流す大雨だった。長くこの森に住むという植木屋は、初冬の凩のやむとき、時雨の降るおりおりに、いまも狐狸が鳴くという。友の家の古井戸は、先住の家の妻が物に狂ってそこで身を投げたという曰くつきで、朽ちた蓋に大きな石の重しが置かれている。——そんな森の、暗きに入るところ、明るきに出るところ、石に添い竹に添い籬に立ち戸に彳み、古井の傍に至るまで、紫陽花の紫の面影のないところはない。そのとき、白襟の衣紋正しく高島田を結った美しい女が手車に乗って現れ、訪ねる家を探しあぐねている様子で、紫陽花の咲くところで一時間ほどのあいだに六度も七度も出会った。顔の色白きも衣の好みも、紫陽花の色に照り映えて——あのあたりに若き詩人でも住むのだろうか、と「我」は思う。折からの森の星のゆかしさを、今も忘れない。

冒頭部(原文より)

 千駄木の森の夏ぞ晝も暗き。此處の森敢て深しといふにはあらねど、おしまはし、周圍を樹林にて取卷きたれば、不動坂、團子坂、巣鴨などに縱横に通ずる蜘蛛手の路は、恰も黄昏に樹深き山路を辿るが如し。

「森の紫陽花」泉鏡花(青空文庫)

末尾部(原文より)

 玉簾の中もれ出でたらんばかりの女の俤、顏の色白きも衣の好みも、紫陽花の色に照榮えつ。蹴込の敷毛燃立つばかり、ひら/\と夕風にへる状よ、何處、いづこ、夕顏の宿やおとなふらん。  笛の音も聞えずや、あはれ此のあたりに若き詩人や住める、うつくしき學士やあると、折からの森の星のゆかしかりしを、今も忘れず。さればゆかしさに、敢て岡燒をせずして記をつくる。

「森の紫陽花」泉鏡花(青空文庫)

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