空車(森鴎外)のあらすじ・登場人物
道を譲らせる空の荷車
- 文字数
- 2,203字
- 読了目安
- 約4分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1916年(大正5年)5月6日と7日、東京日日新聞と大阪毎日新聞に載った短い文章。前半では、「むなぐるま」という古い言葉を、擬古文に限らず今の文体にもあえて用いるという筆者の言語観を述べ、後半で、街でときおり見かける馬が挽く大きな荷車の空車の姿を描く。空車が通ると、徒歩の人も騎馬の人も馬車も自動車も電車も道を避ける、という一節が印象を残す。
あらすじ
筆者はまず、「むなぐるま」は古言であり、古言は時と所の色を帯びているので擬古文にしか使いにくくなるが、自分は窮屈さに堪えず、あえて今体文や口語体の文にも古言を使うと述べる。古言を宝として箱にしまわず、活かして新しい命を与えるつもりだという。「空車」の字をどう読むか迷い、「からぐるま」は軽く貧相な感じがするので、「むなぐるま」と読むことにしたとも書く。次に、街で見かける空車を説明する。大八車に似て数倍も大きく、馬が挽く荷車で、背の高い大男が口を取る。この空車が来ると、人も馬車も自動車も軍隊も葬列も電車も避ける。筆者は、この空車が通るたびに目で迎え、目で送らずにはいられない。
冒頭部(原文より)
むなぐるまは古言である。これを聞けば昔の絵巻にあるような物見車が思い浮かべられる。 すべて古言はその行われた時と所との色を帯びている。これをそのままにとって用いるときは、誰もその間に異議をはさむことはできない。しかしそうばかりしていると、そのことばの用いられる範囲がせばめられる。この範囲はアルシャイスムの領分を限る線によって定められる。そしてそのことばは擬古文の中にしか用いられぬことになる。
「空車」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
そしてこの車は一の空車に過ぎぬのである。 わたくしはこの空車の行くにあうごとに、目迎えてこれを送ることを禁じ得ない。わたくしはこの空車が何物をかのせて行けばよいなどとは、かけても思わない。わたくしがこの空車とある物をのせた車とを比較して、優劣を論ぜようなどと思わぬこともまた言をまたない。たといそのある物がいかに貴き物であるにもせよ。
「空車」森鴎外(青空文庫)
原文を読む
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