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鉛筆日抄(長塚節)のあらすじ・登場人物

東北の旅を鉛筆で記す

長塚節 1907年(明治40年)3月 「馬醉木」

文字数
7,582字
読了目安
約15分
表記
旧字旧仮名
種別
随筆
舞台
  • 宮城県
  • 福島県

この作品について

長塚節が東北を旅した折の見聞を、日付ごとに記した紀行日記。松島の海辺、磐梯山の噴火口など、行く先々の風景を、鉛筆書きの手帳から起こしたような簡潔な文で綴る。

あらすじ

八月二十九日、「黄瓜」の項。松島の村から東へ海沿いに行き、東名の浜へ出る近道をたどる。丘を下ると、小さな入江の汀に出て、青田が広がり、蘆の穂の間にみそ萩が咲いている。畦道が尽きると小道もなくなり、楢の木の間を勘で登ると往来に出る。そこで鰻売りと思われる男に会い、道を教わりながら歩く。やがて雑木の間の草葺の一軒家に着き、縁先の白い手拭の人と言葉を交わす。終盤には湖畔から磐梯山の噴火口を望み、芒の穂が揺れる景が描かれる。

冒頭部(原文より)

     八月二十九日 ▲黄瓜  松島の村から東へ海について行く。此れは東名の濱へ出るには一番近い道なので其代りには非常に難澁だといふことである。磯崎から海と離れて丘へ出た。丘をおりるとすぐに思ひ掛けぬ小さな入江の汀になつた。青田があつて蘆の穗も茂つて居る。蘆のなかにはみそ萩の花がしをらしく交つて居る。畦を拾つて行くと田甫が盡きて小徑もなくなつた。仕方がないから楢の木の間を心あてに登つたら往來があつた。丁度いゝ鹽梅に鰌賣でもあらうかと思ふ男が天秤を肩に乘せた儘ぶらつと兩手をさげて左の方から坂をのぼつて來たから一所になつて噺をしながら歩いた。男は松島のホテルへ鰻を賣つて歸りだとのことである。此所らの近道は此邊の人でも知つて知らずだのに能くわかつたと彼はいつた。鰻賣が教へてくれた道を來たら雜木の間で低い草葺のたつた一軒家へ出た。縁先では白い手拭をかぶつた娘が一人で絲を小に掛けて居る。ぼくり/\と音がするので家のなかを覗いて見たら十五六の舍弟らしいのが土間で麥を搗いてるのであつた。余は此一軒家が何となく面白く感じたので縁の隅へ腰を掛けると娘は急いで小と共に膝をずらして余に席を與へた。小の側には胡瓜が五六本轉がつて居るので一本剥いて見たくなつたから無心をすると娘は小の手をやめて戸袋の蔭から柄の短い錆びた鉈を出してくれた。此れで皮をむけといふのである。狹い庭には糠交りの麥が筵へ二枚干してあつて其先には鳳仙花がもさ/\と簇つて居る。其下が崕である。余はすゞろに興を催しながら鳳仙花の傍に立つて此の意外な庖丁を持つて木か竹でも削るやうにして皮をむいた。胡瓜の眞白な肌に錆のあとがほのかに移つた。然し喉が乾いて居たので非常に佳味かつた。簇つた花の上には糊をつけた白糸が三括りばかり竿に掛けて干してある、余は此邊の人は出稼ぎでもするのかと娘にきいて見たら此邊一般の鼻に掛つた言葉でうつむいたまゝ低くいつたのだからよくは分らなかつたが「出はつて居りやヘン」といふやうに聞えた。崕をおりて田甫へ出たら富山の寺がすぐ頭の上にあつた。

「鉛筆日抄」長塚節(青空文庫)

末尾部(原文より)

 磐梯山も雨が晴れた。急峻な山腹を今一朶の雲が駈けのぼるやうにして頂から横に走つて山を離れると磐梯の全形が明かである。湖畔から見る磐梯山は殆んど破裂の趾のみが表はれる。頂から地盤の底まで唯一刀の下に截斷し去つたやうなのが破裂面である。其形状は例令ば錆びた大釜の破片を立てた如くである。大釜の形体が若し全くあつたならば磐梯山をも容れることが出來るだらうと思ふ程大きな破片である。其所々から烟草の烟の如き白烟が立つ。其所が現在の噴火口である。湖畔の崕には芝蓬が生えて其傍を過ぎる時はまだ濡れて居る四五本の芒の穗がゆるかに搖れて恐ろしい磐梯山の面を撫でるやうに見える。芒のもとには野菊のやうな花が眞白である。 (明治四十年三月八日發行、馬醉木 第四卷第一號・明治四十年五月二十五日發行、馬醉木 第四卷第二號所載)

「鉛筆日抄」長塚節(青空文庫)

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