炭焼のむすめ(長塚節)のあらすじ・登場人物
山の炭焼小屋で見た娘
- 文字数
- 8,004字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 千葉県
この作品について
長塚節が房総の清澄山を訪れた体験を書いた、写生文風の短い作品。山中の炭焼小屋で働く若い娘お秋さんを、旅人の目で見つめる。言葉を交わしそびれた心残りが、淡い余韻になっている。
あらすじ
藤の花が低い樅の木に垂れる小径を降りると、炭焼小屋が見える。谷底からトーントーンと楔を打つ音が響き、若者が榾を割っている。お秋さんが背負子で榾を背負い、涸れた谷の窪みを降りてくる。白い手拭をかぶった姿が目に立つ。やがて自分は清澄山の寺や木立を歩き、お秋さんにまた会えないものかと桜の青葉の蔭で待つが、彼女は来ない。茶店まで戻ることもできず、油の抜けたような寂しい心持ちで宿へ帰る。清澄山はすべてが満足だったが、お秋さんと言葉を交わさず別れたのは遺憾で、針に通した糸の端を結ばないような感じだと結ぶ。
冒頭部(原文より)
一 低い樅の木に藤の花が垂れてる所から小徑を降りる。炭燒小屋がすぐ眞下に見える。狹い谷底一杯になつて見える。あたりは朗かである。トーントーンといふ音が遙に谷から響き渡つて聞える。谷底へついて見ると紐のちぎれさうな脚袢を穿いた若者が炭竈の側で樫の大きな榾へ楔を打ち込んで割つて居るのであつた。お秋さんが背負子といふもので榾を背負つて涸れた谷の窪みを降りて來た。拇指を肋の所で背負帶に挾んで兩肘を張つてうつむきながらそろそろと歩く。榾は五尺程の長さである。横に背負つて居るのだから岩角へぶつつかりさうである。尻きりの紺の仕事着に脚袢をきりつと締めて居る。さうして白い顏へ白い手拭を冠つたのが際立つて目に立つ。積み重ねた榾の上へ仰向になつて復た起きたら背負子だけが仰向の儘榾の上に殘つた。お秋さんは荷をおろすと輕げに背負子を左の肩に引つかけて登る。こちらを一寸見てすぐ伏目になつた。矢つ張そろそろと歩いて行く。榾を運んで仕舞つたら楔で割つたのを二本三本づつ藤蔓の裂いたので括りはじめた。兩端を括つて立て掛ける。餘つ程重さうである。これが即ち炭木である。女の仕事には隨分思ひ切つたものだと思つた。
「炭焼のむすめ」長塚節(青空文庫)
末尾部(原文より)
妙見越を過ぎると頂上で、杉の大木が密生して居る。そこにも羊齒や笹の疎らな間にほつほつと胡蝶花の花がさいて居る。一層しをらしく見える。清澄寺の山門まで來ると山稼ぎの女が樅板を負うたのや炭俵を負うたのが五六人で休んで居る。孰れも恐ろしい相形である。山稼ぎの女はいくらあるか知れぬがお秋さん程のものは甞て似たものさへも見ないのである。彼等とならんだお秋さんは恰も羊齒の中の胡蝶花の花である。寺の見收めといふ積りで山門をのぞいて見たら石垣の上の一畝の茶の木を白衣の所化が二人で摘んで居る所であつた。山門の前には茶店が相接して居る。自分は一足さきに出拔けて振り返つて見たらお秋さんは背負子を負うた儘婆さん達に取り卷かれて話をして居る。たまたま谷底から出て來ると互に珍らしいのだ。攫へて放されないのだらうと思つた。お秋さんは人に好かれるといふのは極つて居ることなのだ。自分は規則正しく植ゑられた櫻の木の青葉の蔭に佇んで待つて見たがどういふものかお秋さんは遂に來ない。然し茶店まで戻つて見るといふこともしえなかつた。自分は急に油が拔けたやうな寂しい心持になつて宿へ歸つた。 清澄山は自分にはすべてが滿足であつた。然しお秋さんと言葉を交して別れなかつたことはどうしても遺憾である。針へ通した絲のうらを結ばないやうな感じである。 (明治卅九年七月)
「炭焼のむすめ」長塚節(青空文庫)
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