開業医(長塚節)のあらすじ・登場人物
横町に開業した若い医者
- 心理
- 文字数
- 35,481字
- 読了目安
- 約1時間11分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
長塚節の短編。『ホトトギス』に発表された。ある田舎町の裏通り、洗張屋の庭先の青菜の畑や、持ち主を失って崩れかけた酒藏、朽ちた板塀を、順に描いていく書き出しが印象的で、その横町に近ごろ開業したばかりの医者がいる。町の景色と暮らしを一つひとつ書き込む写生文の手法で、若い医者のまわりの世間を描こうとする。
あらすじ
崩れかけた酒藏や朽ちた板塀の並ぶ、寂れた田舎町の横町。そこに近頃開業したばかりの若い医者のもとへ、凍てつく冬の晩、同年輩の旧知の男が訪ねてくる。控室の次の六畳間で炬燵をはさみ、二人は差し向かいで語り合う。欄間には出征時の中隊写真と医学校の卒業証書が掲げられ、ランプの光が静かに部屋を照らす。とりとめのない世間話のうちに、地方に開業医として生きる者の暮らしぶりや、田舎町の人情と世相がにじみ出てくる。夜が更けるにつれ、油を吸い上げるランプの音や遠くの夜番の鳴子だけが響く深い静寂のなかで、二人の語らいは続いてゆく。事件らしい事件もないまま田舎の一夜を淡々と写しとった、写生文の名手ならではの短編である。
冒頭部(原文より)
或田舍の町である。裏通の或一部を覗くと洗張屋が一軒庭へ布を張つてあつて其庭先からは青菜の畑があるといふので、そこらをうろつく鶏の群が青菜の畑へ出るとほう/\と鶏を追ふ百姓の叱り聲が聞かれる。春になると其の畑からさうしてそこらあたりに隱れて居た青菜が一時に黄色な頭を擡げてすつと爪立てをしてそれから白桃の花が垣根に咲いて、洗張屋は庭の短い青草に水を滾しながら引つ張つた布を刷毛でこすつて居る、とかういふ町の或横町である。其角に破れた酒藏が悲しげに立つて居る。
「開業医」長塚節(青空文庫)
末尾部(原文より)
只しん/\として恐ろしい靜かな夜である。耳もとではランプの心の底の油を吸ひあげる音が微かに聞かれる。ランプの焔がまたゝいたので今までしんみりと二人を見おろして居た天井の丸い光がゆら/\と搖れた。夜番の鳴子が遠くから聞こえてやがて横町へはひつたと見えてがらり/\と急に大きな八釜敷い響を立てた。
「開業医」長塚節(青空文庫)
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