南国太平記(直木三十五)のあらすじ・登場人物
阿毘遮魯迦法による人命調伏じゃ
- 歴史
- 文字数
- 492,950字
- 読了目安
- 約16時間26分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 鹿児島県
この作品について
1930年(昭和5年)から翌年まで「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」に連載され、直木三十五を流行作家にした代表作。幕末の薩摩藩を揺るがしたお由羅騒動を題材に、島津斉彬を推す一党と、側室の子・久光を擁する一派との暗闘を描く。冒頭から立ち上るのは、兵道家・牧仲太郎が修する調伏の呪法である。呪いと刺客、藩の重臣と下級武士、そして西郷や大久保ら若者たちの息吹。大衆文学が確固たる地位を築いた記念碑的作品であり、直木賞の名の由来となった作者の名を不朽にした。
あらすじ
早朝の山道を、島津家の兵道家・加治木玄白斎が高弟の和田仁十郎を連れて登ってゆく。薬草を採る道すがら、首を切り取られた犬を抱えた猟師とすれ違った。昨夜、岩のあたりで焚火をする者があり、吠えかかった犬がそのまま戻らなかったのだという。谷間に突き出した岩へ着いた玄白斎は、焚木の桑の枝、蘇合香と竜脳の匂い、塩、そして蛇の皮を見つけ、顔色を変える。「阿毘遮魯迦法によって、忿怒曼徳迦明王を祭った、人命調伏じゃ。この法を知る者は、牧の外にない」——牧仲太郎は江戸へ上っていた。呪詛の的は、藩主の座を継ぐべき島津斉彬の世子である。斉彬を推す一派と、お由羅の方が産んだ久光を担ぐ一派。薩摩七十七万石を二つに割った暗闘は、呪法と刺客と謀略を巻き込んで、やがて藩を挙げての大粛清へとなだれ込んでゆく。その渦のなかで、益満休之助ら軽輩の若者たちは、斉彬の遺志を継ぐべく江戸へと旅立つ。
登場人物
- 加治木玄白斎 島津家の兵道家。呪詛の痕跡を見破る老練の術者
- 和田仁十郎 玄白斎の高弟
- 牧仲太郎 斉彬の世子を調伏する兵道家。物語の影の中心にいる
- 島津斉彬 藩主の座を継ぐべき英明な世子。彼を推す一派と久光を担ぐ一派が争う
- お由羅 島津斉興の側室。久光の生母として騒動の名の由来となった
- 益満休之助 斉彬の遺志を継いで江戸へ向かう若い藩士
冒頭部(原文より)
呪殺変 高い、梢の若葉は、早朝の微風と、和やかな陽光とを、健康そうに喜んでいたが、鬱々とした大木、老樹の下蔭は、薄暗くて、密生した灌木と、雑草とが、未だ濡れていた。 樵夫、猟師でさえ、時々にしか通らない細い径は、草の中から、ほんの少しのあか土を見せているだけで、両側から、枝が、草が、人の胸へまでも、頭へまでも、からかいかかるくらいに延びていた。
「南国太平記」直木三十五(青空文庫)
末尾部(原文より)
行く者は、東へ、送る者は、城下へ。それは、長い距離を離れていたが、心は一つであった。斉彬の死によって、一新した心は、斉彬の遺志を展べさすために、十分の熱と、力とをもっていた。 関所を抜けたらしく、四人の姿は、牧を追って山内と闘った道の辺に、小さく見えて来た。もう、声は届かなかったが、お互に、手を挙げ、手を挙げしながら――遠ざかり、曲り、そして、別れてしまった。
「南国太平記」直木三十五(青空文庫)
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