吉野葛(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
吉野に亡き母の面影を訪ねて
- 歴史
- 家族
- 文字数
- 36,783字
- 読了目安
- 約1時間14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 奈良県
この作品について
1931年(昭和6年)1月と2月の『中央公論』に発表された谷崎潤一郎の小説。大和の吉野を旅した記憶を持つ語り手が、歴史小説の構想にまつわるいきさつから話を始める。後南朝の自天王に関する伝承と、友人の津村が幼くして失った母の故郷への思いとが、山里をめぐる道行きの中に重なる。古い記録の引用や地名の説明、土地の人の話が交じり、紀行と考証と身の上話の境目を行き来する文章に特色がある。題名から連想される葛粉だけでなく、国栖の紙漉きや川の往来など、土地に根ざした仕事と暮らしも丁寧に記す。伝承が残る場所を訪ねることと、一人の人の記憶をたどることを並べ、過去が現在の風景にどう映るのかを描く作品である。歴史の大きな筋を追う語りが、個人の郷愁へと近づいていく流れも読みどころとなる。
あらすじ
歴史小説の題材を求める「私」は、後南朝の遺臣たちが奉じた自天王の末裔が身を潜めたという大和・吉野の伝説を調べるため、旧友の津村を誘って吉野の山中へ旅に出る。津村にはもう一つの目的があった。幼くして亡くした母の生まれ故郷が吉野の国栖であり、葛粉づくりを生業とする里だったのである。二人は紙漉きの村や国栖の里をめぐり、静御前にまつわる伝説や、人間の妻となった狐が子と別れる「葛の葉」の物語など、土地に伝わる話を聞いて歩く。旅の終わり、川に架かる吊り橋の上で津村は、亡き母の面影を宿すかのような娘・お和佐と出会う。結局「私」の歴史小説は構想倒れに終わるが、津村にとってこの旅は、失われた母の記憶をたどり、新たな伴侶と出会う旅ともなった。
登場人物
- 私 歴史小説の構想を練るため、津村と共に吉野を旅する語り手
- 津村 私の旧友。亡き母の故郷である吉野の国栖を訪ね、母の面影をたどる
- お和佐 吊り橋の上で津村と出会う娘。津村の亡き母に似た面影を宿す
冒頭部(原文より)
私が大和の吉野の奥に遊んだのは、既に二十年ほどまえ、明治の末か大正の初め頃のことであるが、今とは違って交通の不便なあの時代に、あんな山奥、―――近頃の言葉で云えば「大和アルプス」の地方なぞへ、何しに出かけて行く気になったか。―――この話はまずその因縁から説く必要がある。
「吉野葛」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
ちょうど私がその鉄砲風呂の方を振り返ったとき、吊り橋の上から、「おーい」と呼んだ者があった。見ると、津村が、多分お和佐さんであろう。娘を一人うしろに連れてこちらへ渡って来るのである。二人の重みで吊り橋が微かに揺れ、下駄の音がコーン、コーンと、谷に響いた。私の計画した歴史小説は、やや材料負けの形でとうとう書けずにしまったが、この時に見た橋の上のお和佐さんが今の津村夫人であることは云うまでもない。だからあの旅行は、私よりも津村に取って上首尾を齎した訳である。
「吉野葛」谷崎潤一郎(青空文庫)
名文
私は自分の口腔に吉野の秋を一杯に頬張った。思うに仏典中にある菴摩羅果もこれほど美味ではなかったかも知れない。
谷崎潤一郎『吉野葛』で、菜摘の里の旧家でもてなされた熟柿「ずくし」を味わう場面。吉野の秋を頬張るという一文が鮮やか。
原文を読む
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