三人法師(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
高野に集う三人の語り
- 歴史
- 文字数
- 18,344字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 和歌山県
- 京都府
この作品について
谷崎潤一郎が1929年(昭和4)に『中央公論』に発表した中編。室町時代の御伽草子『三人法師』に取材した翻案で、高野山に集った三人の遁世僧が、それぞれの出家の因縁を語り合う形をとる。三つの身の上話を一つに組み上げる構成を、簡素で流麗な和文の調べで写し取っている。古典への傾倒を深めていく時期の仕事として、「盲目物語」「蘆刈」への橋渡しに位置づけられる一編である。
あらすじ
高野山の宿房に寄り合った遁世者たちが、それぞれ出家の因縁を懺悔として語り合うことになる。最初に語るのは、足利将軍家の近侍だった糟屋四郎左衛門。宮仕えの折に見そめた若い上﨟が、逢瀬もつかの間、盗賊の手にかかって着る物を剥がれ、非業の最期を遂げたことから世を捨てたのだった。すると次の僧が、その上﨟を手にかけたのは自分だと明かす。九つで盗みを覚え、三百八十余人を斬ったという盗賊・三条の荒五郎が、この殺生を境に因果を悟って発心したのである。恨みを越えて、あの人は無縁のわれらを救う菩薩の化身であったと、二人は手を取り合って泣く。最後の僧は楠木家ゆかりの河内の武士・篠崎六郎左衛門。妻に先立たれた悲しみから幼い子らを残して出家し、のちにわが子と知りながら名乗らずに言葉を交わした哀切の思い出を語る。やがて法名を名のり合えば、三人の名にはゆくりなくも松・竹・梅の一字が揃っており、浅からぬ宿縁に感じ入った三人は、悪は善の裏、恋も道心の種と語り合って心を一つにするのだった。
登場人物
- 糟屋四郎左衛門(樊入道・げん松) 足利将軍家の近侍だった僧。恋する上﨟の非業の死から世を捨てた
- 三条の荒五郎(げん竹) 都に聞こえた盗賊だった僧。上﨟を手にかけた罪を懺悔する
- 篠崎六郎左衛門(玄梅) 楠木家ゆかりの河内の武士だった僧。妻子との別れを経て道心を起こした
冒頭部(原文より)
世に「三人法師」と云う物語がある。いつの時代の誰の作かは明かでない。萬治二年の版があるそうだが、作者はこれを国史叢書の中に収めてある活字版で読んだ。さしたる名文と云うのではなく、たど/\しい稚拙な書き方であるけれども、南北朝頃の世相が窺われる上に、第一の法師から、第二、第三の法師になるほど話が複雑で面白く、組み立てもまとまっているし、哀愁が心の全篇を貫いているところは文学的に相当の価値を認めてよい。ちょうど秋の夜の読み物には適していると思ったので、くどい所や仮名書きのために分らない所は省略もしたし、多少は手を入れたが、大体原文の意を辿って成るたけ忠実に現代語に直してみた。もしいくらかでも古い和文の文脈と調子とを伝えることに成功したら作者としては満足である。
「三人法師」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
―――二人の僧は此の話を聞いて、まことに有難い御発心です、殊勝に存じますと云って貰い泣きをしたが、互に法名を名のり合って見ると、今の僧は玄梅と云い、樊入道はげん松と云い、荒五郎入道はげん竹と云うのである。そこで三人は一同に手を打って云った、これは不思議な御縁です、三人ながら名前の上に玄の字の附いている修行者なのです、のみならず下の字までが松、竹、梅になっています。そうしてみるとわたしたちは今の世ばかりの契りではなかったのでしょう、たとい同じ知識から名前を授けていたゞいてもこう云うことはめったにありませぬ、ほんとうに珍しい運り合わせではありませんか、長いあいだ此の山にいながら、そうとも知らずに過していたのはくちおしゅう存じます、これから後は心を一つに持ちたいものです。樊どのも、あの女房に逢われなかったら、どうして発心なさることが出来ましたか、いずれも/\色こそ変れ思いも寄らないはずみから道心を催すのです、あながちに悪をも嫌ってはなりませぬ、悪は善の裏なのです、恋をも厭ってはなりませぬ、恋は心の細かいところから起るのです、かの一大事は心の細かい人でなければ思い立つことは叶いませぬ、と、そう云って語り合うのであった。
「三人法師」谷崎潤一郎(青空文庫)
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