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鴎外漁史とは誰ぞ(森鴎外)のあらすじ・登場人物

分身の鴎外漁史を葬る

森鴎外 1900年(明治33年)1月 「福岡日日新聞」

文字数
6,101字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

1900年(明治33年)1月、小倉在任中の鴎外が、福岡日日新聞の新年のために書いた文章。同紙の記者が鴎外を「鴎外漁史」と紹介したのを機に、今の文壇の評を求められた鴎外は、かつての筆名「鴎外漁史」を「死んだ」分身として扱い、柵草紙で論陣を張った時期の毀誉褒貶、小説家と見られて医学や官途で不利を被ったことを語る。露伴や紅葉、子規らへの敬意と、新しい文学士たちを「エピゴノイ」(末流)と呼ぶ挑発を述べ、今の文壇への注文で結ぶ。

あらすじ

福岡日日新聞の主筆から、六千号の祝いに続き、新年の新刊のために今の文壇の評を求められた鴎外は、九州に住んで文壇の外にいる自分には書けないと断りかけたが、強く促されて、過去の文壇の一人であった「鴎外漁史」の事を語ることにする。国民之友の求めに応じて公衆に語り始めたこと、柵草紙という自分の席を設けて盛んに論じたこと、その名が毀誉褒貶の旋風に巻き込まれ、実際には四つほどの短い小説しか書かないのに小説家と見なされて、医学や官途で信頼を得にくくなったことを述べる。そのうえで、鴎外漁史はこの乱戦のなかで死んだとし、自分は今も学び続けていると言う。露伴・紅葉・子規らの作は敬服する一方、宙外・抱月・鏡花は才思を認めるものの完璧な作を見ず、新文学士たちは「エピゴノイ」にすぎないとして、奮起を促して結ぶ。

冒頭部(原文より)

 福岡日日新聞の主筆猪股為治君は予が親戚の郷人である。予が九州に来てから、主筆はわざわざ我旅寓を訪われたので、予は共に世事を談じ、また間〻文学の事に及んだこともあった。主筆は多く欧羅巴の文章を読んで居て、地方の新聞記者中には実に珍しいといわねばならぬ人である。昨年彼新聞が六千号を刊するに至ったとき、主筆が我文を請われて、予は交誼上これに応ぜねばならぬことになったので、乃ち我をして九州の富人たらしめばという一篇を草して贈った。その時新聞社の一記者は我文に書後のようなものを添えて読者に紹介せられた。その語中にこの森というものは鴎外漁史だとことわってあった。予は当時これを読んで不思議な感を作した。この鴎外漁史と云う称は、予の久しく自ら署したことのないところのものである。これを聞けば、ほとんど別人の名を聞くが如く、しかもその別人は同世の人のようではなくて、却って隔世の人のようである。

「鴎外漁史とは誰ぞ」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

そして予はこの好処の我を動かすことが、昔前人の好著を読んだ時と違わぬことを知った。鴎外は殺されても、予は決して死んでは居ない。予は敢て言う。希臘語に「エピゴノイ」ということがある。猶此に末流と云うがごとしだ。新文学士諸家も、これと袂を聯ねて文壇に立っている宙外等の諸家も、「エピゴノイ」たることを免れない。今の文壇は露伴等の時代に比すれば、末流時代の文壇だというのだ。予はこの文の局を結ぶに当って、今の文壇の諸家が地方新聞を読むや否やは知らぬながら、遥に諸家に寄語する。諸家は予などと違って、皆春秋に富んで居られるではないか。今より後に、諸家はどうぞ奮って、予が如き門外漢までを、大に動かすような作と評とを出して下さい。そうして予をしてかつて無礼にも諸君に末流の称を献じた失言を謝せしめて下さい。鴎外は甘んじて死んだ。予は決して鴎外の敵たる故を以て諸君を嫉むものではない。明治三十三年一月於小倉稿。

「鴎外漁史とは誰ぞ」森鴎外(青空文庫)

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