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国文学の発生(第一稿)(折口信夫)のあらすじ・登場人物

文学のはじまりは神の言葉

折口信夫 1924年(大正13年)4月 「日光」

文字数
7,108字
読了目安
約14分
表記
旧字旧仮名

この作品について

折口信夫が、日本文学の起源を、神の言葉を述べる祝詞や呪言に求めた論文。のちの「国文学の発生」の第一稿で、折口の文学発生論の骨格が示される。

あらすじ

日本文学が出発点から今ある本質と目的を持っていたと考えるのは単純な空想だと、論は始まる。極めて微かな文学意識が含まれていたと見ることさえ、真実を離れた考えである。古代生活の一様式として、縁遠い原因から出たものが、次第に目的を展開し、偶然文学の規範に入ってきたに過ぎないという。文章の形式の上でも同様で、散文が権威ある表現の力を持つ時代は遅れてやって来る。論の終わりでは、「よ」という語が穀物を意味し、農産を祝う詞に由来したらしいと、言葉の古い意味をたどる。

冒頭部(原文より)

        一 日本文學が、出發點からして既に、今ある儘の本質と目的とを持つて居たと考へるのは、單純な空想である。其ばかりか、極微かな文學意識が含まれて居たと見る事さへ、眞實を離れた考へと言はねばならぬ。古代生活の一樣式として、極めて縁遠い原因から出たものが、次第に目的を展開して、偶然、文學の規範に入つて來たに過ぎないのである。

「国文学の発生(第一稿)」折口信夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

呪言は古く、よごとと言うた。奈良朝の書物にも、吉事・吉言など書いて居るのは其本義を忘れて、縁起よい詞などゝ言ふに近い内容を持つて來たのであらう。壽詞と書いて居るのは、ほぐの義から宛てたのではなく、長壽を豫祝する「齡言」の意味を見せて居るのだ。併し、それよりも更に古くは「穀言」の意に感じても居、眞の語原でもあつたらしい。世が「農作の状態」を意味することは、近世にも例がある。古くは穀物をよと言うたのである。即、農産を祝ぐ詞と言ふ考へから出たらしい。

「国文学の発生(第一稿)」折口信夫(青空文庫)

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