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山越しの弥陀(折口信夫)のあらすじ・登場人物

山の端に現れる阿弥陀像

折口信夫 1944年(昭和19年)7月 「八雲」

文字数
15,091字
読了目安
約30分
表記
旧字旧仮名
種別
随筆

この作品について

折口信夫が、山の向こうに沈む夕日の中に阿弥陀の姿を見る「山越しの阿弥陀」の図像の由来を考えた文章。同じ題の小説『死者の書』とも深く関わり、日本人の信仰の古層を探る。

あらすじ

冒頭に、「極楽の東門に向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや」の一節を掲げる。渡来文化が渡来当時の姿をそのまま持ち伝えていると思われながら、いつか内容は日本独自のものと入りかわっている例として、日本人の考えた山越しの阿弥陀像の由来と、これを書きたくなった個人的な事情を記すと始める。以前、美術雑誌の抜き刷りで「山越しの弥陀をめぐる不思議」という論を読んだ経験を語り、二上山の幻影が古人の共に見、一人の僧都が具象化させた古代の幻想であり、仏教以前から祖先が持ち伝えた日の光の凝ったものでもあろうと結ぶ。

冒頭部(原文より)

極樂の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の影も 舞ふとかや 渡來文化が、渡來當時の姿をさながら持ち傳へてゐると思はれながら、いつか内容は、我が國生得のものと入りかはつてゐる。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿彌陀像の由來と、之が書きたくなつた、私一個の事情をここに書きつける。

「山越しの弥陀」折口信夫(青空文庫)

末尾部(原文より)

私の女主人公南家藤原郎女の、幾度か見た二上山の幻影は、古人相共に見、又僧都一人の、之を具象せしめた古代の幻想であつた。さうして又、佛教以前から、我々祖先の間に持ち傳へられた日の光りの凝り成して、更にはな/″\と輝き出た姿であつたのだ、ともは謂れるのである。

「山越しの弥陀」折口信夫(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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