疾中(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物
けれどもなんといゝ風でせう
- 文字数
- 4,595字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
病床の宮沢賢治が書きつづった詩群。表題の「疾中」は「病の中」の意で、喀血し、死を目前にした男の意識が、そのまま言葉として書きとめられている。とりわけ「眼にて云ふ」は、血を吐きながら「けれどもなんといゝ風でせう」と青空を見上げる、賢治文学のなかでも屈指の澄明さをたたえた一編。最後は「わたくしといふのはいったい何だ」という問いと、法華経への帰命で結ばれる。
あらすじ
「たけにぐさに/風が吹いてゐるといふことである」——外の風景を人づてに聞くしかない病床から、この詩群は始まる。続く「眼にて云ふ」では、喀血して声も出せない男が、目だけで医師に語りかける。「だめでせう/とまりませんな/がぶがぶ湧いてゐるですからな」「どうも間もなく死にさうです」。それでいて男は言う——「けれどもなんといゝ風でせう/もう清明が近いので/あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに/きれいな風が来るですな」。あなたの方から見ればさんたんたる景色でしょうが、わたくしから見えるのは、やっぱりきれいな青ぞらとすきとほった風ばかりです。以降、「ひるすぎの三時となれば」「熱たち胸もくらけれど」「わが胸いまは青じろき」と、熱と痛みのなかの日々が短い詩形で刻まれてゆく。「そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう/わたくしといふのはいったい何だ」——何度考えなおし読みあさっても答えの出ないその問いのあとで、賢治は自らの身体を分子と原子へ、さらに真空へと還元して考え、そこに残るのはただ一つの法則のみだと書く。その本原の法の名を妙法蓮華経と名づけるという。「生もこれ妙法の生/死もこれ妙法の死」——詩群は静かな帰命の言葉で閉じられる。
冒頭部(原文より)
病床 たけにぐさに 風が吹いてゐるといふことである たけにぐさの群落にも 風が吹いてゐるといふことである 眼にて云ふ だめでせう とまりませんな がぶがぶ湧いてゐるですからな ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから そこらは青くしんしんとして どうも間もなく死にさうです けれどもなんといゝ風でせう
「疾中」宮沢賢治(青空文庫)
末尾部(原文より)
そしてわたくしはまもなく死ぬのだらう わたくしといふのはいったい何だ 何べん考へなおし読みあさり さうともきゝかうも教へられても 結局まだはっきりしてゐない わたくしといふのは 帰命妙法蓮華経 生もこれ妙法の生 死もこれ妙法の死 今身より仏身に至るまでよく持ち奉る
「疾中」宮沢賢治(青空文庫)
名文
だめでせう とまりませんな がぶがぶ湧いてゐるですからな ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから そこらは青くしんしんとして どうも間もなく死にさうです けれどもなんといゝ風でせう もう清明が近いので あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに きれいな風が来るですな もみぢの嫩芽と毛のやうな花に 秋草のやうな波をたて 焼痕のある藺草のむしろも青いです あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが 黒いフロックコートを召して こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば これで死んでもまづは文句もありません 血がでてゐるにかゝはらず こんなにのんきで苦しくないのは 魂魄なかばからだをはなれたのですかな たゞどうも血のために それを云へないがひどいです あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが わたくしから見えるのは やっぱりきれいな青ぞらと すきとほった風ばかりです。
病床詩篇『疾中』の一篇「眼にて云ふ」の全編。喀血しながら医師を見上げる「わたくし」の目に映るのは、青空とすきとおった風ばかり——死を前にした澄んだまなざしが胸を打つ。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。