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九月十四日の朝(正岡子規)のあらすじ・登場人物

死の五日前に口述した朝

正岡子規 1902年(明治35年)9月 「ホトトギス」

文字数
1,421字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

正岡子規が亡くなる五日前、明治35年9月14日の朝の出来事を、自分が口で述べ高浜虚子に筆記させた短文。両脚が腫れて動かせない病床で、甲州葡萄の旨さに触れ、秋の涼しさを肌に感じる。極限の苦痛のなかでもなお対象を見つめ続ける写生の眼が、淡々とした口述の文に表れている。

あらすじ

朝、蚊帳の中で目覚めた子規は、看護のために泊まっていた虚子と妹を呼び起こす。数日前から両脚が水を持ったように膨れ、一分も動かせない。枕元の盆にあった甲州葡萄を十粒ほど食べると、何ともいえぬ旨さで、「金茎の露一杯」という心持ちがしたという。やがて眠りがはっきりと覚めると、体の不安と苦痛を十分に感じる。その苦痛の合間にも、ひらひらと動くものを見て秋の涼しさが肌に染み込むのを心地よく思う。苦痛が極まって、かえって病気を感じない瞬間があるのも不思議で、文章に書いてみたくなり、虚子に頼んで筆記してもらった。筆記し終えたところへ母が来て、ソップは来ているのぞなもし、と声をかけて文は終わり、末尾には逝去を知らせる一行が添えられる。

冒頭部(原文より)

 朝蚊帳の中で目が覚めた。なお半ば夢中であったがおいおいというて人を起した。次の間に寝て居る妹と、座敷に寐て居る虚子とは同時に返事をして起きて来た。虚子は看護のためにゆうべ泊ってくれたのである。雨戸を明ける。蚊帳をはずす。この際余は口の内に一種の不愉快を感ずると共に、喉が渇いて全く潤いのない事を感じたから、用意のために枕許の盆に載せてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持がした。かくてようように眠りがはっきりと覚めたので、十分に体の不安と苦痛とを感じて来た。今人を呼び起したのも勿論それだけの用はあったので、直ちにうちの者に不浄物を取除けさした。余は四、五日前より容態が急に変って、今までも殆ど動かす事の出来なかった両脚が俄に水を持ったように膨れ上って一分も五厘も動かす事が出来なくなったのである。そろりそろりと臑皿の下へ手をあてごうて動かして見ようとすると、大磐石の如く落着いた脚は非常の苦痛を感ぜねばならぬ。余はしばしば種々の苦痛を経験した事があるが、此度のような非常な苦痛を感ずるのは始めてである。それがためにこの二、三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護旁訪い来るなどで、病室には一種不穏の徴を示して居る。昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節)は帰ってしもうて余らの眠りに就たのは一時頃であったが、今朝起きて見ると、足の動かぬ事は前日と同しであるが、昨夜に限って殆ど間断なく熟睡を得たためであるか、精神は非常に安穏であった。顔はすこし南向きになったままちっとも動かれぬ姿勢になって居るのであるが、そのままにガラス障子の外を静かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇った空は少しの風もない甚だ静かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀が三枚ばかり載せてあって、その東側から登りかけて居る糸瓜は十本ほどのやつが皆瘠せてしもうて、まだ棚の上までは得取りつかずに居る。花も二、三輪しか咲いていない。正面には女郎花が一番高く咲いて、鶏頭はそれよりも少し低く五、六本散らばって居る。秋海棠はなお衰えずにその梢を見せて居る。余は病気になって以来今朝ほど安らかな頭を持て静かにこの庭を眺めた事はない。嗽いをする。虚子と話をする。南向うの家には尋常二年生位な声で本の復習を始めたようである。やがて納豆売が来た。余の家の南側は小路にはなって居るが、もと加賀の別邸内であるのでこの小路も行きどまりであるところから、豆腐売りでさえこの裏路へ来る事は極て少ないのである。それでたまたま珍らしい飲食商人が這入って来ると、余は奨励のためにそれを買うてやりたくなる。今朝は珍らしく納豆売りが来たので、邸内の人はあちらからもこちらからも納豆を買うて居る声が聞える。余もそれを食いたいというのではないが少し買わせた。虚子と共に須磨に居た朝の事などを話しながら外を眺めて居ると、たまに露でも落ちたかと思うように、糸瓜の葉が一枚だけひらひらと動く。その度に秋の涼しさは膚に浸み込むように思うて何ともいえぬよい心持であった。何だか苦痛極って暫く病気を感じないようなのも不思議に思われたので、文章に書いて見たくなって余は口で綴る、虚子に頼んでそれを記してもろうた。筆記しおえた処へ母が来て、ソップは来て居るのぞなというた。〔『ホトトギス』第五巻第十一号 明治35・9・20〕

「九月十四日の朝」正岡子規(青空文庫)

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