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四百年後の東京(正岡子規)のあらすじ・登場人物

四百年後の御茶の水を空想する

正岡子規 1899年(明治32年)1月 「日本」

文字数
2,402字
読了目安
約5分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

明治32年元日の新聞「日本」に載った、画家の中村不折が描いた未来の東京の絵に子規が文章を付けた企画。四百年後の神田川や御茶の水の風景を、高架鉄道、昇降機、楼閣のホテルや料理店などを並べて空想し、文明開化への皮肉もこめて描く。病床の子規の想像力とユーモアが光る一篇。

あらすじ

文章は、神田川の絵の解説から始まる。都会の中心にありながら緑滴る崖と水流が残る御茶の水の景観を、文明開化の世にあって荒涼たる山間の趣を留める一小閑地として語り、不折の絵がそれに感じて描かれたのではないかとする。絵には橋が三重に架かり、最上部は高架鉄道、最下層は通路で、三層五層の楼閣が空を凌ぎ、石階や昇降機で上下を行き来する。両岸には旅館、料理店、喫茶店、書画雑貨の高級店、婦人倶楽部、新派俳優倶楽部などが並び、その名前や趣向が細かに挙げられる。後半では未来の別の場面も語られ、平和会議にちなんだ巨大な肖像の建設の話などが出る。世人は平和の夢を貪っているという皮肉な一節と、一首の歌で締めくくられる。

冒頭部(原文より)

神田川  都会の中央、絶壁屏風の如く、緑滴り水流れ、気清く神静かに、騒人は月をここに賞し、兇漢は罪をここに蔵す、これを現今の御茶の水の光景とす。紅塵万丈の中この一小閑地を残して荒涼たる山間の趣を留む、夫の錙銖を争ふ文明開化なる者に疑ひなき能はざるなり。不折が画く所、未来の神田川、また余輩と感を同じうせし者あるに因るか。図中、三重に橋を架す、中なるは今の御茶の水橋の高さにあり、屋上最高の処に架したるは高架鉄道にして、最下にある者もまた一般の通路なり。三層五層の楼閣は突兀として空を凌ぎ、その下層はかへつて崖低く水に臨む処にあり。上層と下層と相通ずるには石階を取つて迂回すべく、昇降機に依りて上下すべし。両岸楼閣には旅館あり、割烹店あり、喫茶珈琲店あり、金銀雑器書画雑貨を陳列せる高等商店あり、神田婦人倶楽部あり、新派俳優倶楽部あり、新奇発明の色取写真店あり。スルガホテルは旅館の最大なる者、茗渓楼は割烹店の最流行せる者、喫茶珈琲店の巨魁たる、小赤壁亭が一種の社交倶楽部的組織を以て、雅俗を問はず一般に歓迎せらるるは同亭に出入する煙草吸殻商の産を興したるにても知るべし。あるとある贅沢、あるとある快楽、凡そ人間世界に為し得べき贅沢と快楽を攅めて装飾したるこの地は到底明治時代の想像に及ぶべくもあらず。或る華奢なる美術狂某がこの地に天然の趣味を欠ぎたるを恨み、吉野、嵐山の桜の花片を汽車二列車に送らしめてこれを御茶の水に浮べ、数艘の画舫、佳人を満載してその間を漕ぎまはらしめたりといふ佳話は一日として小赤壁亭中の話頭に上らざる事あらず。

「四百年後の東京」正岡子規(青空文庫)

末尾部(原文より)

といへり。しかれども世人はなほ平和の夢を貪るに余念なく、宝舟と称する美術船にて今年正月二日に売り捌きたる七福神の画は未だかつてあらざるの多額に上りたり よのなかにわろきいくさをあらせじとたたせるみかみみればたふとし 〔『日本』明治32・1・1〕

「四百年後の東京」正岡子規(青空文庫)

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