七宝の柱(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
金色堂へ向かう寒い五月の旅
- 文字数
- 8,640字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 岩手県
この作品について
1917年(大正6年)3月、雑誌『人間』に発表された紀行文。五月中旬というのに肌寒い平泉を、妻と人力車で巡った旅の記録である。毛越寺の経巻、弁慶堂の木像、中尊寺の経蔵と金色堂、弁財天をめぐり、金色堂の「七宝荘厳の巻柱」の輝きと、僧の清らかな振る舞いが印象深く語られる。仏たちを生きた存在のように見る目と、車夫や宿の人々とのやり取りが、小説とはまた違った鏡花の旅の筆づかいを伝える。
あらすじ
【内容の要旨】五月中旬なのに寒い雨の続く道中で、筆者は妻とともに平泉を訪れる。毛越寺では国宝の経巻を手に取らせてもらい、一拝する。竹の鞭で仏像を指す案内者の無作法を軽く戒め、牛の群れが道を塞ぐ野道を車で進んで中尊寺へ向かう。弁慶堂の木像、鬼子母神像、本堂の釈尊を経て、薬師堂、宝物庫、金色堂へ。散る桜の花びらが金色堂の中で孔雀の羽目に当たり、金粉のように翻る様子に驚嘆し、七宝荘厳の巻柱と三つの棺の話を記す。経蔵では文殊菩薩の笑みを仰ぎ、若い僧の案内で弁財天に詣で、「通夜」の意味を確かに知ったと感じる。僧侶が仏と衆生の間の邪魔者であってはならないとの感想も述べる。帰りは旅籠で鱒の塩焼きの昼食をとり、土地に咲く牡丹や菖蒲に弁財天の御心を感じて、一千年来の古戦場の寒風の中、停車場へ入る。
冒頭部(原文より)
山吹つつじが盛だのに、その日の寒さは、俥の上で幾度も外套の袖をひしひしと引合せた。 夏草やつわものどもが、という芭蕉の碑が古塚の上に立って、そのうしろに藤原氏三代栄華の時、竜頭の船を泛べ、管絃の袖を飜し、みめよき女たちが紅の袴で渡った、朱欄干、瑪瑙の橋のなごりだと言う、蒼々と淀んだ水の中に、馬の首ばかり浮いたような、青黒く朽古びた杭が唯一つ、太く頭を出して、そのまわりに何の魚の影もなしに、幽な波が寂しく巻く。――雲に薄暗い大池がある。
「七宝の柱」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
ほかにも、商屋に、茶店に、一軒ずつ、庭あり、背戸あれば牡丹がある。往来の途中も、皆そうであった。かつ溝川にも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家にさえ、大抵皆、菖蒲、杜若を植えていた。 弁財天の御心が、自ら土地にあらわれるのであろう。 忽ち、風暗く、柳が靡いた。 停車場へ入った時は、皆待合室にいすくまったほどである。風は雪を散らしそうに寒くなった。一千年のいにしえの古戦場の威力である。天には雲と雲と戦った。
「七宝の柱」泉鏡花(青空文庫)
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