性急な思想(石川啄木)のあらすじ・登場人物
近代的とは性急ということ
- 文字数
- 3,700字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
石川啄木が、明治末の文壇・思想界で語られる「近代的」という言葉を、「性急」と言い換えて批評した短い評論。反抗や破壊が自らの生活の改善への第一歩であることを忘れ、破壊のための破壊に陥る態度を戒める。時代閉塞の現状と並べて読まれる、啄木の思想の側面を示す文章である。
あらすじ
最近数年の文壇や思想界の動乱は、多くの人の心を著しく性急にした。今日よく見る「近代的」という言葉の意味は「性急」ということに過ぎないとも言える、と啄木は皮肉を込めて始める。人は従来服従してきたものに反抗する境地に立つと、その反抗が自分の反省、つまり生活改善の第一歩であることを忘れ、建設のための破壊であることを忘れて、破壊のために破壊してしまう。戦争中の国民が平和という目的を忘れて戦争そのものに熱中するのも同じである。さらに、頽廃を口で讃美しながら自分の不健康を治療する矛盾にも触れ、二重の生活を統一しようとする要求がいつか訪れるはずだと、将来の日本人の生活への信念で結ぶ。
冒頭部(原文より)
一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたずさわった多くの人々の心を、著るしく性急にした。意地の悪い言い方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」という言葉の意味は、「性急なる」という事に過ぎないとも言える。同じ見方から、「我々近代人は」というのを「我々性急な者共は」と解した方がその人の言わんとするところの内容を比較的正確にかつ容易に享入れ得る場合が少くない。
「性急な思想」石川啄木(青空文庫)
末尾部(原文より)
もしも又、私が此処に指摘したような性急な結論乃至告白を口にし、筆にしながら、一方に於て自分の生活を改善するところの何等かの努力を営み――仮令ば、頽廃的という事を口に讃美しながら、自分の脳神経の不健康を患うて鼻の療治をし、夫婦関係が無意義であると言いながら家庭の事情を緩和すべき或る努力をし、そしてその矛盾に近代人の悲しみ、苦しみ、乃至絶望があるとしている人があるならば、その人の場合に於て「近代的」という事は虚偽である。我々は、そういう人も何時かはその二重の生活を統一し、徹底しようとする要求に出会うものと信じて、何処までも将来の日本人の生活についての信念を力強く把持して行くべきであると思う。
「性急な思想」石川啄木(青空文庫)
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