呼子と口笛(石川啄木)のあらすじ・登場人物
議論の後の苦いココア
- 文字数
- 3,121字
- 読了目安
- 約6分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
石川啄木が1911年(明治44)6月に書いた、短い詩八篇ほどの連作。『一握の砂』『悲しき玩具』の短歌とは違い、口語の自由な詩形で、議論の後の疲れや、書斎での孤独、社会への焦りを歌う。大逆事件後の重苦しい時代の空気を背景に、「はてしなき議論の後」「ココアのひと匙」などで、行動できない知識青年の心を鋭く描いた。生前には世に出ず、没後に遺稿として知られるようになった。
あらすじ
巻頭の「はてしなき議論の後」は、若者たちが五時間にわたって熱く議論を戦わせながら、誰一人「V NAROD!(民衆の中へ)」と叫んで立ち上がる者のないことを見つめる。続く「ココアのひと匙」では、飲み干した後のにがい舌触りから、テロリストの悲しい心を思う。「激論」「書斎の午後」「墓碑銘」「家」などは、議論の疲れ、読みさしの舶来の本、古びた鞄、夢に描く家のかたちといった身近なものを通して、理想と現実の隔たり、行動できない自分への苛立ちと孤独をうたっていく。口語で言い切る強い調子と、日常の小さな物のあざやかな描写が重なり、啄木が晩年に到達した思想的な詩境を示す。
冒頭部(原文より)
はてしなき議論の後 一九一一・六・一五・TOKYO われらの且つ読み、且つ議論を闘はすこと、 しかしてわれらの眼の輝けること、 五十年前の露西亜の青年に劣らず。 われらは何を為すべきかを議論す。 されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
「呼子と口笛」石川啄木(青空文庫)
末尾部(原文より)
見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを。 給仕づとめの少年が たまに非番の日曜日、 肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、 ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ…… 見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを。
「呼子と口笛」石川啄木(青空文庫)
名文
われらの且つ読み、且つ議論を闘はすこと、 しかしてわれらの眼の輝けること、 五十年前の露西亜の青年に劣らず。 われらは何を為すべきかを議論す。 されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、 ‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。
石川啄木「はてしなき議論の後」(1911年)の第一連。大逆事件の後、議論ばかりで「民衆の中へ」と踏み出す者のいない青年たちを見つめる。各連の終わりに繰り返される一行が、焦燥と自嘲を響かせる。
原文を読む
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