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弓町より(石川啄木)のあらすじ・登場人物

食ふべき詩を求めて

石川啄木 1909年(明治42年)11月 「東京毎日新聞」

文字数
8,354字
読了目安
約17分
表記
新字旧仮名

この作品について

石川啄木が1909年(明治42)11月末から12月にかけて「東京毎日新聞」に連載した詩論。副題は「食ふべき詩」。空想と音楽に酔った青春期の詩を振り返り、生活と切り離された詩を否定して、「実用」にも「食べ物」にもなる詩を求めた。口語・自由詩の方向を示した文章として、啄木の詩観を知るうえで欠かせない。

あらすじ

筆者はまず、詩について長い間迷ってきたと語る。蝋燭の蝋が減るように、生活の力が自分の「青春」を日ごとに削ってきた。十七、八の頃から二、三年、詩のほかに何もなく、朝から晩まで何ものかにあこがれていた。当時の詩は、空想と幼稚な音楽に満ちたものであった。やがて生活の中で詩と別れ、いま改めて詩を考えるとき、詩は特別な人の趣味ではなく、日々の暮らしの思いを正直に表すものであるべきだと述べる。そして、新しい詩を唱えた人々が、かつて排斥した詩人の堕落を繰り返していないかと問い、美しい詩集の何冊かを焼き捨てて初期の心持に立ち返るべきだと、強い調子で結ぶ。

冒頭部(原文より)

食ふべき詩(一)  詩といふものに就いて、私は随分、長い間迷うて来た。  啻に詩に就いて許りではない。私の今日迄歩いて来た路は、恰度手に持つてゐる蝋燭の蝋の見る/\減つて行くやうに、生活といふものゝ威力の為に自分の「青春」の日一日に滅されて来た路筋である。其時々々の自分を弁護する為に色々の理窟を考へ出して見ても、それが、何時でも翌る日の自分を満足させなかつた。蝋は減り尽した。火が消えた。幾十日の間、黒闇の中に体を投出してゐたやうな状態が過ぎた。やがて其暗の中に、自分の眼の暗さに慣れて来るのをじつとして待つてゐるやうな状態も過ぎた。

「弓町より」石川啄木(青空文庫)

末尾部(原文より)

 以上は現在私が抱いてゐる詩についての見解と要求とを大まかに言つたのであるが、同じ立場から私は近時の創作評論の殆んど総てについて色々言つて見たい事がある。 (完) [「東京毎日新聞」明治四十二年十一月三十、十二月二、三、四、五、六、七日]

「弓町より」石川啄木(青空文庫)

名文

詩は所謂詩であつては可けない。人間の感情生活(もつと適当な言葉もあらうと思ふが)の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。

石川啄木『弓町より』(副題「食ふべき詩」、1909年)より。詩は飾った「詩」であってはならず、日々の感情の正直な日記であるべきだと説く。のちの『一握の砂』の生活に根ざした歌につながる、啄木の詩論の中心。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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