天下一の馬(豊島与志雄)のあらすじ・登場人物
悪魔でも困ってるなら泊めてやれ
- 幻想
- 文字数
- 5,821字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1924年(大正13年)、鈴木三重吉の「赤い鳥」に発表された豊島与志雄の童話。山里の馬方・甚兵衛は、親譲りの田畑を売って買った自慢の黒馬とともに、五里先の町まで材木を運んで暮らしている。ある雪の夕暮れ、犬に尻尾を噛まれて魔法の力を失った悪魔の子が現れ、二月の末まで馬の腹を宿に貸してほしいと頼み込む。困っている者は悪魔でも泊めてやれ——そんな甚兵衛の気っぷのよさと、太りすぎて馬の喉につかえた悪魔の子の顛末を、軽快な語り口で描く。
あらすじ
山里の馬方・甚兵衛は、親譲りの田畑を売った金で買った見事な黒馬を宝のように可愛がっている。ある冬の日、町へ材木を運んだ帰りに雪に降られ、薄暗くなった街道の崖下から、猫ほどの大きさの黒いものが飛び出してきた。人とも猿ともつかない顔に山羊のような蹄、短い尻尾——悪魔の子である。一週間前、仲間と遊んでいるうちに猟犬に尻尾の先を噛み切られ、宙を飛ぶ術も物に化ける術も失って、飢えと寒さに震えていたのだという。二月いっぱいまで馬の腹を宿に貸してくれれば、代わりに馬を十倍の力にする、と悪魔の子は頼む。甚兵衛が馬の口を開けてやると、それは一息に飛び込んだ。翌日から黒馬は山のような材木を積んで坂道を駆け通し、五里の道を日に三度も往復して大評判となる。やがて二月の末が近づくと、馬の腹がふくれ始めた。三月一日の夜明け、馬は歯を食いしばって暴れ出す。口に耳をあてると、悪魔の子の声がした。ごちそうで太りすぎて喉につかえ、出るに出られない。馬に大きなあくびをさせてくれ、というのだが、馬のあくびのさせ方など誰も知らない。
登場人物
- 甚兵衛 山里の馬方。のんき者だが、自慢の黒馬を何より大事にしている
- 黒馬 甚兵衛が田畑を売って買ったつやつやとした若駒。悪魔の子を宿して十倍、のち百倍の力を得る
- 悪魔の子 猟犬に尻尾を噛まれて魔法を失った山の小僧。馬の腹を宿に借りる
冒頭部(原文より)
一 ある田舎の山里に、甚兵衛という馬方がいました。至ってのんき者で、お金がある間はぶらぶら遊んでいまして、お金がなくなると働きます。仕事というのは、山から出る材木を、五里ばかり先の町へ運ぶのです。ぷーんと新しい木の香りがする丸や四角の材木を、丈夫な荷馬車に積み上げ、首のまわりに鈴をつけた黒馬にひかして、しゃんしゃんぱっかぱっか……と、朝早くから五里の街道を出かけて、夕方までには家へ帰って来ます。
「天下一の馬」豊島与志雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
それからというものは、甚兵衛の黒馬は、百人力……百馬力になって、たいそうな働きをしました。世間の人達はあきれ返りました。甚兵衛一人は澄ましたもので、いつも謎のような鼻唄を歌って、街道を往き来しました。 悪魔だからといったって、 困ってるなら泊めてやれ。 悪魔の子供を呑み込んで、 あくびと一緒に吐き出した、 天下第一の黒馬だ。 はいどうどう、はいどうどう。
「天下一の馬」豊島与志雄(青空文庫)
原文を読む
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