東海道中膝栗毛(十返舎一九)のあらすじ・登場人物
借金は富士の山ほどあるゆゑに
- 風刺
- 古典
- 文字数
- 253,451字
- 読了目安
- 約8時間27分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
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- 大阪府
この作品について
江戸時代後期の戯作者・十返舎一九の滑稽本。享和2年(1802年)に「浮世道中膝栗毛」の題で初編を出すと大評判となり、文化6年(1809年)の八編まで書き継がれ、のちに二人の素性を語る「発端」(1814年)が加えられた。江戸の神田八丁堀に住む弥次郎兵衛と居候の北八が、伊勢参宮を思い立って東海道を上り、伊勢から京・大坂へと遊び歩く道中を、宿場ごとの失敗談と生き生きとした会話、弥次郎兵衛の狂歌でつづる。見栄を張っては恥をかき、女に手を出してはしくじり、有り金を失っても懲りない二人は「弥次喜多」の名で親しまれ、多くの追随作を生んだ。一九自身も、二人が金毘羅・宮島・木曽街道などを巡る「続膝栗毛」を書き継いでいる。本書は、東条操 校訂の有朋堂文庫版(1927年)による原文で、発端から大坂を出立するまでを収める(底本は全体を十編に分けて数えており、刊行時の編次とは一部異なる)。国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
駿河国府中の商人・栃面屋弥次郎兵衛は、色と酒、旅役者の抱えの若衆・鼻之助への入れあげで身代をつぶし、鼻之助と二人で江戸へ夜逃げする。神田八丁堀に住み着くと、鼻之助を元服させて喜多八(北八)と名乗らせ、商家へ奉公に出し、自分は女房おふつを迎えるが、十年たっても貧乏は変わらない。やがて北八の使い込みと、持参金つきの女を嫁に取ろうとする弥次郎の企みが絡み合って騒動となり、おふつは去り、北八も奉公先を出される。つまらぬ身の上に飽きた二人は、友だちに金を借りて、二月の半ば、伊勢参宮を思い立って東海道へ出立する。小田原では弥次郎が五右衛門風呂の底板を蓋だと思って取りのけ、足を火傷する。三島では道連れの十吉に有り金をすり替えられて一文なしになり、蒲原の木賃宿では北八が巡礼の娘のつもりで老婆の寝床へ忍び込む。島田では侍に化けて川越しの値を負けさせようとして刀の鞘を折り、日坂では巫女の口寄せに泣き、浜松では干し忘れた襦袢を幽霊と思って気を失い、赤坂の並木では先に着いて待っていた北八を狐の化けたものと思い込んで縛り上げる。宮から七里の渡しで桑名へ渡り、伊勢路に入ると、弥次郎は雲津の狂歌師の家で十返舎一九を名乗ってもてなされるが、本物の一九が来るという知らせで正体がばれ、夜中に追い出される。山田では御師の屋敷を追われ、古市の遊廓では京の上方者・与太九郎と張り合い、内宮・外宮に参る。淀川の夜船では尿瓶と取り違えた土瓶で燗をした酒を飲み、用足しに上がって上り船に乗り違え、伏見へ逆戻りしてしまう。京では大仏殿の柱の穴から抜けなくなり、五条新地では北八が着物を持ち逃げされ、四条河原で押し売りされた梯子のために三条の宿で詫び証文を書かされる。大坂では長町の宿・分銅河内屋に泊り、座摩の宮で拾った富札が百両の一の富に当たったと思い込んで新町で豪遊するが、札は十二支違いの外れで、二人は素寒貧になる。それでも少しもめげない二人の江戸っ子気性に感心した宿の亭主は、着物を新しく着替えさせ、路用も持たせて大坂から送り出す。
登場人物
- 弥次郎兵衛 駿河府中の生まれで、江戸神田八丁堀の裏店に住む男。見栄っ張りで、事あるごとに狂歌を詠む
- 北八(喜多八) もとは旅役者の抱えの若衆・鼻之助。商家の奉公をしくじって弥次郎の居候となり、ともに旅に出る
- おふつ 弥次郎の女房(発端)
- 十吉 箱根からの道連れ。三島で二人の金をすり替えて逃げる護摩の灰
- 南瓜の胡麻汁 雲津の狂歌師。十返舎一九を名乗る弥次郎をもてなす
- 辺栗屋与太九郎 京の千本通に住む上方者。伊勢路で道連れになり、古市でともに遊ぶ
- 河内屋四郎兵衛 大坂長町の宿・分銅河内屋の亭主。素寒貧になった二人を助ける
冒頭部(原文より)
武蔵野の尾花かすゑにかゝる白雲と詠みしは、むかし/\浦の苦屋、鴫たつ沢の夕暮に愛でて仲の町の夕景色を知らざる時の事なりし。今は井の内に鮎を汲む水道の水長にして、土蔵造の白壁建つゞき、香の物桶、明俵、破れ傘の置所迄、地主唯は通さぬ大江戸の繁昌、他国の目よりは、大道に金銀も蒔きちらしあるやうに思はれ、何でも一かせぎと心ざして出かけ来るもの、幾千万の数限もなき其中に、生国は駿州府中、栃面屋弥次郎兵衛といふもの、親の代より相応の商人にして、百二百の小判には、何時でも困らぬほどの身代なりしが、安部川町の色酒にはまり、其上旅役者鼻水多羅四郎が抱の鼻之助といへるに打込み、この道に孝行ものとて、黄金の釜を掘出せし心地して、快び戯気のありたけをつくし、果は身代に迄途方もなき穴を掘明けて留度なく、尻の仕舞は若衆と二人、尻に帆かけて府中の町を欠落するとて、借金は富士の山ほどあるゆゑに、そこで夜迯を駿河ものかな。
「東海道中膝栗毛」十返舎一九(青空文庫)
末尾部(原文より)
かはちや「うれしや天気になつたさうな。ナント最一ばいヅツわつさりと飲みなほしていのわいの」ト又あらたに肴を取寄せ大笑となり、おの/\よきほどに酒汲みかはし、それより打連れて長町へと帰りける。斯くて弥次郎兵衛北八は河四郎の方にまた/\逗留して、所々残る方なく見物したる内にも、二人とも江戸気性の大腹中にて、かゝる難渋の身を、へちまとも思はず、洒落とほして少しもめげぬ様子に、河内屋の亭主大きに感心し、衣類など新しく着かへさせ、路用も十分に持たせ大阪を出立させける(ゆゑ、此度は木曽路にかゝり草津の温泉に一廻り遊び、善光寺へ廻り、妙義、榛名へ参詣し目出度帰国したりける。此紀行は追て著すべく、先は此にて筆をさしおき畢んぬ)
「東海道中膝栗毛」十返舎一九(青空文庫)
名文
借金は富士の山ほどあるゆゑに、そこで夜迯を駿河ものかな。
弥次郎兵衛が借金を残して駿府を夜逃げするときの狂歌。「夜逃げをするが」に国名の「駿河」を掛けた洒落で、滑稽な旅の幕開けを告げる。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:東条操 校「東海道中膝栗毛」(有朋堂書店 有朋堂文庫、1927年)。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、発端から十編までの本文を収録した(各編の序・頭注・ルビ・挿絵・目録は省いた)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。