土佐日記(紀貫之)のあらすじ・登場人物
女に仮託して綴る帰京の船旅
- 古典
- 文字数
- 11,773字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 高知県
- 京都府
この作品について
平安時代の935年(承平5年)頃、紀貫之が記した日本最古の仮名日記文学。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」——男が書くという日記を女の私も書いてみよう、と作者は女性に仮託して筆を起こす。土佐守の任を終えた貫之が、土佐(高知)から京の都へ帰るまでの五十五日あまりの船旅を、日々の見聞や船中の人々の様子、行き交う和歌とともに綴る。旅の折々にユーモアと風雅を交えながら、その底には、任地の土佐で亡くした幼い娘への尽きせぬ悲しみが流れる。仮名文による散文表現を切りひらき、のちの日記・随筆・物語文学に大きな影響を与えた古典。
あらすじ
土佐守としての任期を終えた作者は、女性になりすまして、京へ帰る旅の日記を仮名で書き起こす。承平四年の年の暮れ、一行は土佐の国府を発ち、港で人々の見送りと別れの宴を受ける。船路は天候や海賊の噂に左右されて思うにまかせず、風待ちや潮待ちで幾日も足止めされながら、少しずつ都へと近づいていく。船中では歌が詠み交わされ、下手な歌に笑いが起こり、酒に酔う者があり、旅の一行の悲喜こもごもが軽妙に描かれる。だがその明るい筆の底には、任地で亡くした幼い娘を思う親の悲しみが繰り返し立ちのぼる。五十日あまりを経てようやく都に入り、久しぶりに見た我が家は荒れ果てていた。庭に生えた小松を見て、この家で生まれ、土佐で亡くなった娘のことを思い、作者は「見し人の松のちとせにみましかば」と歌に嘆く。書き尽くせぬ思いを抱えたまま、作者は日記を閉じる。
冒頭部(原文より)
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。
「土佐日記」紀貫之(青空文庫)
末尾部(原文より)
猶あかずやあらむ、またかくなむ、 「見し人の松のちとせにみましかばとほくかなしきわかれせましや」。 わすれがたくくちをしきことおほかれどえつくさず。とまれかくまれ疾くやりてむ。
「土佐日記」紀貫之(青空文庫)
名文
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。
男が書くものとされた日記を、女の筆に仮託して書き起こす一文。仮名による日記文学の道を切り開いた、紀貫之の機知がにじむ書き出し。
わすれがたくくちをしきことおほかれどえつくさず。とまれかくまれ疾くやりてむ。
日記の結び。土佐で亡くした娘への思いを書き連ねた末に、「ともかくも早く破ってしまおう」と言い置いて筆を擱く。
うまれしもかへらぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ
京の自宅に帰り着いた結びの場面の歌。任地の土佐で亡くした娘は帰らないのに、留守のあいだに庭には小松が育っている——喜ぶべき帰京の日の悲しみを詠む。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。