方丈記(鴨長明)のあらすじ・登場人物
「行く川のながれは絶えずして」
- 古典
- 文字数
- 9,370字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 京都府
この作品について
鴨長明が1212年(建暦2年)3月に記したとされる随筆。『枕草子』『徒然草』と並ぶ日本三大随筆の一つ。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」の名高い一節に始まり、世の人と住まいが、河に浮かぶ泡のように移ろいゆくさまを説く。下鴨神社の神職の家に生まれた長明は、望んだ地位に就けず、五十歳ごろに出家した。その見聞として、安元の大火(1177年)、治承の辻風(1180年)、福原遷都(同年)、養和の飢饉(1181〜82年)、元暦の大地震(1185年)という、五つの災厄を具体的に記し、のち日野山に一丈四方(方丈)の庵を結ぶ。和漢混淆文の簡潔で格調ある文体は、後世の文章に大きな影響を与えた。
あらすじ
川の流れは絶え間ないが、そこに浮かぶ水も泡も同じものはとどまらない。都に建ち並ぶ家々も、住む人も、絶えず移り変わって無常である——長明はまずこの世のはかなさを述べる。続いて彼は、自らが見聞きした都の五つの大きな災いを語る。安元の大火は都の多くの家を焼き、治承の辻風は家々を壊し、突然の福原遷都は人心を乱した。養和の飢饉では道に餓死者があふれ、元暦の大地震は山を崩し家を倒した。こうした天変地異と人の世のはかなさを見つめるうち、長明は名利を捨て、五十の春に出家する。日野山の奥に建てた一丈四方の草庵で、彼は仏道と、琵琶や和歌、山の四季を友とする気ままな独居の楽しみを見いだす。だが結びで長明は、その草庵への愛着さえも仏の教えに背く執着ではないかと自らに問い、答えを得られぬまま念仏を唱えて筆を置く。
冒頭部(原文より)
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
「方丈記」鴨長明(青空文庫)
末尾部(原文より)
しづかなる曉、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。すみかは則ち淨名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。たゞかたはらに舌根をやとひて不請の念佛、兩三返を申してやみぬ。時に建暦の二とせ、彌生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。
「方丈記」鴨長明(青空文庫)
名文
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
万物の流転を、絶えず流れる川と水面のうたかたに託した書き出し。無常を見つめ続けた鴨長明の隠者文学を象徴する一節。
知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。
冒頭の流水の比喩に続く一節。人はどこから来てどこへ去るのかという問いを重ね、無常の思いをいっそう深くする。
ふるさとは既にあれて、新都はいまだならず。ありとしある人、みな浮雲のおもひをなせり。
治承四年の福原遷都を記した一節。旧都は荒れ、新都はまだできない——拠り所を失った人々の不安を「浮雲のおもひ」と言い表す。
それ三界は、たゞ心一つなり。心もし安からずば、牛馬七珍もよしなく、宮殿樓閣も望なし。
方丈の庵での暮らしを語る終盤の一節。すべての世界は心ひとつにあり、心が安らかでなければ富も宮殿も意味がないとする、長明の到達した境地。
原文を読む
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