追儺(森鴎外)のあらすじ・登場人物
節分の座敷に現れた老女将
- 文字数
- 4,553字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1909年(明治42年)5月の「東亜之光」に発表された随筆。依頼されて何を書くか思案する書き出しから、二月三日の節分の日、築地の料亭・新喜楽へ招かれたときの体験を語る。早く着いた広い座敷に、赤いちゃんちゃんこ姿の小柄な老女将が現れ、豆を蒔き始める。役所勤めと執筆の兼ね合い、小説は何をどんな風に書いてもよいという考え、ニーチェやローマの死霊祓いの風習まで話が寄り道する、学識まじりの軽い筆致の文章である。
あらすじ
筆者は、書けと迫られて夜中に筆を執る苦労を述べ、小説はこう書くべきだという決まりはなく何を書いてもよいと考える。題を決めかねたあげく、築地の新喜楽で見た豆打の話を書こうと決める。二月三日の夕方、役所を終えた筆者は、友人のM.F君に招かれて新喜楽へ向かい、約束より早く着いて広い二階座敷で待つ。そこへ赤いちゃんちゃんこを着た小さな老女将が現れ、「福は内、鬼は外」と豆を蒔いて去る。のちに友人に話すともう一度やらせてくれたが、二度目はさほど注意を引かなかった。最後に、追儺は昔からあるが豆打は鎌倉より後のことだろうと述べ、ローマの死霊を追い払う祭りに似た風習があったことに触れる。
冒頭部(原文より)
悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。 あいつは何も書かない奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つてゐる間は無事平穏である。そして此二つの折紙の価値は大して違つてはゐないものである。ところがどうかした拍子に何か書く。譬へば人生意気に感ずといふやうな、おめでたい、子供らしい、頗る sentimental なわけで書く。さあ、書くさうだなと云ふと、こゝからも、かしこからも書けと迫られる。どうして何を書いたら好からうか。役所から帰つて来た時にはへと/\になつてゐる。人は晩酌でもして愉快に翌朝まで寐るのであらう。それを僕はランプを細くして置いて、直ぐ起きる覚悟をして一寸寐る。十二時に目を醒ます。頭が少し回復してゐる。それから二時まで起きてゐて書く。
「追儺」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
話はこれ丈である。批評家に衒学の悪口といふのを浚ふ機会を与へる為めに、少し書き加へる。 追儺は昔から有つたが、豆打は鎌倉より後の事であらう。面白いのは羅馬に似寄つた風俗のあつた事である。羅馬人は死霊を lemur と云つて、それを追ひ退ける祭を、五月頃真夜なかにした。その式に黒豆を背後へ投げる事があつた。我国の豆打も初は背後へ打つたのだが、後に前へ打つことになつたさうだ。
「追儺」森鴎外(青空文庫)
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