啓蒙主義とは
- 分類
- 文芸思潮
- 読み
- けいもうしゅぎ
明治初期、西洋の近代思想・学問・制度を紹介して国民の開化を促した思想運動。幕末の洋学者たちを母体に、明治6年(1873年)森有礼らが結成した明六社が中心となり、翌年創刊の機関誌「明六雑誌」を舞台に、平易な文章による啓蒙が展開された。福沢諭吉は『学問のすゝめ』(明治5年〜9年)で「天は人の上に人を造らず」と説き、実学の重視と個人の独立自尊を平明な文体で広く一般に訴えて空前のベストセラーとなり、『文明論之概略』(明治8年)では西洋と日本の文明を比べて論じた。中村正直によるスマイルズ『西国立志編』(明治3〜4年)やミル『自由之理』の翻訳、加藤弘之・西周らの論説なども同じ潮流に数えられる。文学というより思想・教育運動の性格が強いが、西洋の書物を訳し紹介する営みは翻訳文学や政治小説の土台となり、勧善懲悪の戯作文学を脱し人情や世相を写実的に描くべきだとする坪内逍遥の写実主義理論の土壌を用意した点で、近代日本文学の出発点に位置づけられる。
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- 学問のすゝめ 1872年(明治5年)2月