文明開化とは
- 分類
- 時代区分
- 読み
- ぶんめいかいか
明治初期、政府の主導で西洋の制度・技術・風俗が急速に取り入れられた現象と、その時代の風潮。漢籍に由来する「文明」と「開化」を組み合わせた造語で、福沢諭吉の『西洋事情』に早い用例があるとされる。新橋・横浜間の鉄道、銀座の煉瓦街、ガス灯、太陽暦の採用などが象徴とされ、「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と歌われ、牛鍋が流行した。おおむね明治10年(1877年)ごろまでをその盛期とみる。福沢の『学問のすゝめ』はこの時代に広く読まれ、仮名垣魯文の『安愚楽鍋』など、新しい風俗を戯作の筆で写す読み物も生まれた。庶民に向けて開化を説いた当時の出版物は「開化物」と総称される。大正期には芥川龍之介が、鹿鳴館の一夜を描いた『舞踏会』、明治十年代の東京を舞台にした『開化の殺人』『開化の良人』、御一新で没落した旧家の『雛』など、この時代を懐古と皮肉をこめて描く短編を書き、これも「開化物」と呼ばれる。一方、夏目漱石は講演『現代日本の開化』で、日本の開化は外からの圧力による「外発的」なものだと批判した。