ますらをぶり・たをやめぶりとは
- 分類
- その他
- 読み
- ますらおぶりたおやめぶり
江戸中期の国学者・賀茂真淵が、和歌の歌風を論じるのに用いた対の語。「ますらを(益荒男・丈夫)」は勇ましく立派な男子、「たをやめ(手弱女)」はしなやかでたおやかな女性の意で、「ぶり」はそのような風のことをいう。『万葉集』の研究を通じて古代の歌を理想とした真淵は、明和元年(1764年)成立の『歌意考』や翌年成立の『にひまなび』で、昔の男子は勇ましく雄々しいことを旨としたので歌もそうであったと説き、『万葉集』の歌をおおむね男性的で力強い「ますらをぶり」と評した。これに対し、平安時代の『古今和歌集』以後の歌は、優美で繊細な女性的な「たをやめぶり」に移ったとして、万葉の歌風に学ぶことを説き、自らも万葉風の歌を詠んだ。ただし、この対比は古代への復帰を説く真淵の主張と結びついた評価であり、門人の本居宣長は『新古今和歌集』を重んじる立場から歌論を展開して、師の説にはとらわれなかった。それでも二つの語は、日本の詩歌の二つの性格を言い表す言葉として広く用いられ、万葉調・古今調の呼び名とも重ねて語られる。明治に入ると、正岡子規が『歌よみに与ふる書』で『古今和歌集』を退けて『万葉集』を仰ぎ、斎藤茂吉らアララギ派の歌人が万葉調を重んじて、万葉の歌風を尊ぶ流れは近代短歌にも受け継がれた。
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- 歌よみに与ふる書 1898年(明治31年)2月