日本文学報国会とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- にほんぶんがくほうこくかい
昭和17年(1942年)5月、情報局の指導のもとで結成された文学者の戦時組織。会長には徳富蘇峰が就任し、事務局長は久米正雄が務めた。結成にあたって文藝家協会などの既存の文学団体は解散してこれに吸収され、小説・劇文学・評論随筆・詩・短歌・俳句・国文学・外国文学の部会が置かれて、ほとんどの文筆家が加入した。目的は、日本文学を戦争遂行の国策に協力させることにあり、アジア各地の文学者を集めた大東亜文学者大会を昭和17年から3回開いたほか、愛国の心を詠んだ古歌を選んだ『愛国百人一首』の選定、戦意高揚の作品集の編纂、作家の講演会への派遣などを行った。太宰治の『惜別』は、文学報国会と情報局の依頼を受けて書かれた作品である。一方で、中里介山と内田百閒が加入を拒んだことも知られる。加入は形の上では任意だったが、加わらなければ発表の場を失うおそれがあり、多くの作家にとって拒むことは難しかった。参加した文学者の中には、のちに戦争責任を問われることになった者もいる。昭和20年(1945年)の敗戦後に解散した。戦時下の文学者がどのように動員され、表現の自由を失ったかを示す例として、近代文学史の重要な事実である。
関連する用語
この用語に関わる作品
- 惜別 1945年(昭和20年)9月