日本(新聞)とは

分類
結社・団体
読み
にほん

明治22年(1889年)2月、陸羯南が大日本帝国憲法発布の日に創刊した日刊新聞。西洋化に流れる風潮を批判し、国家の独立と国民の権利をともに重んじる「国民主義」を掲げた硬派の言論紙で、政府批判もいとわず、しばしば発行停止処分を受けた。文学史では、明治25年(1892年)に俳論『獺祭書屋俳話』を連載してのち入社した正岡子規の活動の拠点として名高い。子規は紙上の俳句欄を担って旧派を批判する俳句革新を進め、明治31年(1898年)には短歌革新の宣言『歌よみに与ふる書』を連載、晩年には病床から日々を綴った随筆『墨汁一滴』(明治34年)『病牀六尺』(明治35年)を発表して、写生の理念を俳句・短歌・散文の全域へ及ぼした。羯南は病苦の子規を邸宅の隣に住まわせて手厚く遇し、その革新運動を支え続けた。子規門下の記者も集うこの新聞は、根岸短歌会や俳誌「ホトトギス」へ連なる写生派の母胎の一つとなった。明治40年(1907年)に羯南が世を去ると勢いを失い、やがて姿を消した。

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