新興芸術派とは
- 分類
- 文芸思潮
- 読み
- しんこうげいじゅつは
昭和初期、プロレタリア文学が文壇の主流となり政治性・思想性を強く求めるようになったことへの反発から、政治から自立した芸術の価値を守ろうとした作家群の総称。昭和3年(1928年)に中村武羅夫が評論「誰だ?花園を荒す者は!」でマルクス主義文学の文壇支配に異を唱えたのが前触れとなり、昭和5年(1930年)4月、龍胆寺雄・舟橋聖一・井伏鱒二・阿部知二・吉行エイスケ・久野豊彦・浅原六朗らが新興芸術派倶楽部を結成して、新潮社から『新興芸術派叢書』を刊行した。とはいえ明確な統一理念を持つ結社というより、反マルクス主義文学の立場を共有する多様な作家の緩やかな集まりであった。中心にいた龍胆寺雄は、雑誌「改造」の懸賞に入選した『放浪時代』で都会の若者の風俗を軽やかに描き、モダニズム文学の寵児となった。また梶井基次郎は肺結核を病みながら鋭敏な感覚で日常に潜む不安と美を描いた『檸檬』(大正14年)を残し、牧野信一は現実と幻想を溶け合わせた独自の作風の『ゼーロン』などで異彩を放っていて、倶楽部の中心ではなかったものの、政治から離れて芸術の自律を追求した同時代の作家として、文学史ではこの系譜とあわせて語られることが多い。統一的な文学運動としては短命に終わり、都市風俗の描写にとどまったという批判も受けたが、政治から距離を置いた個性的な作風は昭和文学に多様性をもたらし、井伏・阿部らはのちにそれぞれ独自の作家として大成した。新感覚派・新心理主義とともに、昭和初期のモダニズム文学の一翼を担っている。