少年倶楽部とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- しょうねんくらぶ
大正3年(1914年)11月、大日本雄辯會(のちの講談社)が創刊した少年向けの月刊誌。冒険・立志・スポーツの読み物に漫画と豪華な付録を組み合わせた誌面で、昭和初期には少年雑誌の王座を占めた。佐藤紅緑『あゝ玉杯に花うけて』、吉川英治『神州天馬侠』、山中峯太郎『敵中横断三百里』、昭和6年(1931年)に始まる田河水泡の漫画「のらくろ」などが人気を集めている。童話の芸術性を掲げた「赤い鳥」とは対照的に、娯楽と教訓を前面に押し出した誌面づくりで少年読者をつかんだ点に特色がある。文学史の上でとりわけ大きいのは、江戸川乱歩が昭和11年(1936年)に連載した『怪人二十面相』で、名探偵・明智小五郎と小林少年ひきいる少年探偵団が神出鬼没の怪盗と知恵をぶつけ合うこのシリーズは、『少年探偵団』『妖怪博士』『大金塊』と書き継がれ、子どもたちに探偵小説の面白さを教えた。戦後の昭和21年(1946年)に「少年クラブ」と改題し、乱歩も『黄金豹』などを寄せたが、週刊漫画誌の時代を迎えて昭和37年(1962年)12月に終刊した。