週刊朝日とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- しゅうかんあさひ
大正11年(1922年)2月、朝日新聞社が「旬刊朝日」として創刊し、同年4月から週刊となって改題した週刊誌。同じ年に創刊された「サンデー毎日」と並ぶ日本の週刊誌の草分けで、新聞社の週刊誌として時事報道と読み物を併せ持ち、大衆文学の重要な発表の場ともなった。戦前には吉川英治の「治郎吉格子」(昭和6年)などが載り、戦後、扇谷正造が編集長を務めた時代には、昭和29年(1954年)に発行部数100万部を超えた。この時代の誌面を代表するのが、昭和25年(1950年)から7年にわたって連載された吉川英治の大作『新・平家物語』で、平家一門の興亡を壮大に描いて幅広い読者を得た。山本周五郎も「葦は見ていた」(昭和22年)をはじめ多くの短編をこの誌に寄せ、職人の若者二人の友情を描いた長編『さぶ』(昭和38年)もここに連載された。また昭和25年(1950年)には、懸賞小説「百万人の小説」で松本清張の処女作「西郷札」が三等に入選して作家としての出発点となり、昭和46年(1971年)からは司馬遼太郎の紀行『街道をゆく』が作者の死まで連載された。令和5年(2023年)5月に発売された号をもって休刊し、101年の歴史を閉じた。