現代語訳 徒然草(兼好法師)のあらすじ・登場人物
佐藤春夫が訳す兼好の随筆
- 古典
- 文字数
- 84,039字
- 読了目安
- 約2時間48分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 京都府
この作品について
鎌倉時代末期に兼好法師が著した随筆「徒然草」を、詩人・小説家の佐藤春夫が現代語に訳したもの。「徒然草」は清少納言「枕草子」・鴨長明「方丈記」と並ぶ日本三大随筆のひとつで、序段と243の章段に、無常観、人生の知恵、住まいや趣味の美学、有職故実、恋や自然への感慨、さらには世間の滑稽な話までを自在につづる。「つれづれなるままに」の序段をはじめ、「仁和寺にある法師」「花は盛りに」「高名の木登り」などの名段を、原意に沿いながら平明な現代語で読める。訳者の注も付く。1937年(昭和12年)、「現代語訳国文学全集」の一巻として刊行された。原文を読む前の入り口として親しみやすい一冊。
あらすじ
退屈にまかせて硯に向かい、心に浮かんでは消えるとりとめもない思いを書きつけてみると、妙に気分が高ぶってくる——序段にそう記した兼好は、以下243の章段に、思いつくままの見聞と考えを書きとめてゆく。生まれたからには望ましいものは何かを語る第一段にはじまり、住まいの趣、ものの美しさは満開の花や満月よりも散り際や雲間にこそあるという美意識、人の命のはかなさと、今この時を惜しむべきことが繰り返し語られる。一方で、石清水八幡宮を拝んだつもりで山のふもとの寺社だけを見て帰った仁和寺の法師、足鼎をかぶって抜けなくなった法師、木登りの名人が「危ないのは降りぎわだ」と戒める話など、人間のおかしみを描いた逸話や、宮中の儀式・故実にまつわる考証も多い。最後の段では、八歳の兼好が父に「一番はじめの仏は何が教えて仏にしたのか」と問い詰め、父を困らせた思い出を語って筆を置く。
冒頭部(原文より)
鬱屈のあまり一日じゅう硯にむかって、心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考えをあれこれと書きつけてみたが、変に気違いじみたものである。
「現代語訳 徒然草」兼好法師(青空文庫)
末尾部(原文より)
八歳になった時、自分は父にたずねて、仏とはどんなものでしょうかと言うと、父は、仏とは人間がなったのだと言う。またたずねて、人間がどうして仏になったのでしょう。すると父が答えて、仏に教えられてなるのです。さらにたずねて、その教える仏は何が教えて仏にしたのでしょう。父が答えて、それもまたその前になっていた仏の教えによっておなりなすったものです。そこでさらにたずねて、それではその一番はじめに教えた第一番の仏は、どうしてできた仏でしょうと言うと、父は、さあそれは天から降ったかもしれない、地から湧いたのかもしれない、と言って笑った。あとで子どもに問いつめられて返答ができなくなりました、といろんな人に話しておもしろがっておられた。
「現代語訳 徒然草」兼好法師(青空文庫)
名文
鬱屈のあまり一日じゅう硯にむかって、心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考えをあれこれと書きつけてみたが、変に気違いじみたものである。
「つれづれなるままに」で始まる序段を佐藤春夫が訳した一文。名高い書き出しを、くだけた口語の調子で味わえる。
家の造り方は、夏を専一にするのがよい。冬はどんな所にも住まれる。暑いころの悪い住宅ときては我慢のならないものである。
「家の作りやうは夏をむねとすべし」の段の訳。兼好の実際的な住まい論として、今もよく引かれる一節だ。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。