徒然草(兼好法師)のあらすじ・登場人物
つれづれなるままに、日ぐらし
- 古典
- 文字数
- 62,496字
- 読了目安
- 約2時間5分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 京都府
この作品について
鎌倉時代末期、14世紀前半に兼好法師(吉田兼好)が書いたとされる随筆。清少納言「枕草子」、鴨長明「方丈記」と並ぶ日本三大随筆のひとつ。序段と243の章段からなり、無常観や人の生き方、住まいや趣味の美学、有職故実、恋や自然への感慨、世間の滑稽な話までを、思いつくままに書きとめていく。「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」の美意識、「仁和寺にある法師」「高名の木登り」などの逸話で知られる。本書は塚本哲三の校による有朋堂文庫の原文(有朋堂、1926年)で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
退屈にまかせて硯に向かい、心に浮かぶとりとめもないことを書きつけると、妙に気持ちが高ぶってくる——序段にそう記したあと、兼好は243の章段に、見聞きしたことと考えたことを順序立てずに並べていく。生まれたからには何を望むべきかを語る第一段に始まり、住まいの趣、花は満開、月は満月ばかりを見るものではないという美意識、命のはかなさと今この時を惜しむ心が繰り返し語られる。一方で、石清水八幡宮を拝んだつもりで山のふもとの寺社だけを見て帰った仁和寺の法師、足鼎をかぶって抜けなくなった法師、木登りの名人が降りぎわにこそ用心せよと戒める話など、人間のおかしみを描く逸話や、朝廷の儀式・故実の考証も多い。最後の段では、八つの年に父へ「仏は何が教えて仏になったのか」と問い詰めた思い出を語って筆を置く。
登場人物
- 兼好法師 筆者。随筆の語り手で、父との問答の思い出で筆を置く
- 仁和寺の法師 石清水八幡宮を拝んだつもりで、山のふもとの寺社だけを見て帰る(第五十二段)
- 高名の木登り 高い枝の上では何も言わず、降りぎわに注意する木登りの名人(第百九段)
冒頭部(原文より)
つれ/″\なるまゝに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつり行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
「徒然草」兼好法師(青空文庫)
末尾部(原文より)
八つになりし年、父に問ひていはく、「仏はいかなるものにか候ふらん」といふ。父がいはく、「仏には人のなりたるなり」と。また問ふ、「人は何として仏にはなり候ふやらん」と。父また、「仏のをしへによりてなるなり」とこたふ。また問ふ、「教へ候ひける仏をば、何がをしへ候ひける」と。また答ふ、「それもまた、さきの仏のをしへによりてなり給ふなり」と。また問ふ、「その教へはじめ候ひける第一の仏は、いかなる仏にか候ひける」といふとき、父「空よりやふりけん、土よりやわきけん」といひて笑ふ。「問ひつめられてえ答へずなり侍りつ」と諸人にかたりて興じき。
「徒然草」兼好法師(青空文庫)
名文
つれ〴〵なるまゝに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつり行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
序段。「つれづれ」を机に向かう日々の心の動きを書き留める出発点とし、随筆文学の姿勢を示した、日本の随筆を代表する書き出し。
あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の烟立ちさらでのみ住みはつるならひならば、いかに物のあはれもなからん。世は定なきこそいみじけれ。
もし人が死なない世なら物のあはれもない——無常だからこそ美しいと言い切る第七段。兼好の美意識の核となる一節。
花は盛に、月は隈なきをのみ見るものかは。雨にむかひて月を恋ひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情ふかし。
第百三十七段。満開の花や満月だけでなく、雨の夜に月を恋い、閉じこもって春の行方を思う心にこそ趣があると説く、未完・不足の美の宣言。
よろづの事は月見るにこそ慰むものなれ。
第二十一段。万事は月を見れば心が慰むと述べ、月か露か風かと争う人々の話へ続く。自然の風物に心を寄せる兼好らしい一節。
仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、心憂くおぼえて、ある時思ひたちて、たゞ一人かちより詣でけり。極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。さて傍の人に逢ひて、「年ごろ思ひつる事はたし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも参りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へまゐるこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞいひける。すこしの事にも先達はあらまほしきことなり。
第五十二段。石清水に参ったつもりで山上の本社を見ずに帰った法師の失敗談。結びの教訓「先達はあらまほしきことなり」で知られる。
友とするにわろきもの七つあり。一には高くやんごとなき人、二には若き人、三には病なく身つよき人、四には酒をこのむ人、五には武く勇める人、六にはそらごとする人、七には慾ふかき人。
第百十七段。友にして悪い人を七種挙げる一節。身分の高い人・若い人・病気をしない人・酒を好む人など、意外な顔ぶれが並ぶ。
死は前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人みな死あることを知りて、待つ事しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥なれども、磯より潮の満つるが如し。
第百五十五段。死は前から来るのではなく背後に迫っている、満ち潮が干潟の遠くではなく足元の磯から満ちてくるように——という比喩で無常を突きつける。
その事に候ふ。目くるめき枝危きほどは、おのれがおそれ侍れば申さず。あやまちは安き所になりて、必ず仕ることに候ふ」といふ。あやしき下臈なれども、聖人のいましめにかなへり。
第百九段、「高名の木のぼり」の結び。木登りの名人が、高く危ない所ではなく降りる間際の安全な所でこそ過ちは起きると語る。油断への戒め。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:塚本哲三 校「枕草紙・方丈記・徒然草」(有朋堂、1926年)。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、徒然草の本文だけを収録した(頭注・ルビ・巻頭の解説・巻末の索引は省いた)。底本に段の番号はなく、通行の区分に従って見出しを補った。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。
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