春雨物語(上田秋成)のあらすじ・登場人物
春雨今日幾日静かにておもしろ
- 歴史
- 幻想
- 古典
- 文字数
- 23,943字
- 読了目安
- 約48分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 滋賀県
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この作品について
「雨月物語」の上田秋成が、最晩年の文化5年(1808年)ごろに書き継いだ短編物語集。江戸時代には刊行されず、写本で伝わった。歴史上の人物に材を取った話から、怪異譚、無頼の男の一代記まで十編からなり、「雨月物語」の流麗な文体とは異なる、筆にまかせた枯れた文章で、学問・歌の道・人の運命への秋成の考えをじかに語る。薬子の変の顚末を描く「血かたびら」、良峰宗貞(のちの僧正遍昭)を描く「天津処女」、紀貫之の帰京の船に飛び乗った海賊が「古今和歌集」の序をこき下ろす「海賊」、近江の森の祠で一つ目の神の酒宴に行き会った若者が歌の道の師について諭される「目一つの神」、神に罰せられた乱暴者が親兄を殺して逃げ、盗賊となる「樊噲」などを収める。本書は、京都の富岡家に伝わった秋成自筆の巻物(五巻が残り、「樊噲」は上巻だけ)を翻刻した、藤岡作太郎 校訂本(冨山房、1907年)による原文で、序と五編を収める(十編すべてを収める写本は昭和に入って見つかった)。国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
「血かたびら」では、心のまっすぐな平城天皇が、早良親王の霊や先帝の夢に心を弱らせ、弟の神野親王(のちの嵯峨天皇)に位を譲って旧都の平城に移る。寵愛する藤原薬子と兄の仲成は、もう一度位に就くよう上皇に勧め、仲成は兵を起こすとまで言う。企ては朝廷に知られて仲成は首を刎ねられ、悔いることのない薬子は刃に伏して死ぬ。飛び散った血は帳や帷子にぬれぬれと乾かず、射ても斬っても消えなかった。上皇は髪を下ろして世を過ごす。「天津処女」では、嵯峨・淳和・仁明と移る御代に、才学ある六位の蔵人・良峰宗貞が仁明天皇に気に入られ、豊明の節会の舞姫を五人に増やさせるなど、華やかなことで帝の心を取る。帝が衣をかぶって宗貞を試すと、宗貞は山吹の歌を詠みかける。帝が崩じると宗貞は姿を消し、清水寺で小野小町と歌を交わしたのち、召し出されて僧正遍昭にまで昇る。「海賊」では、土佐守の任を終えて都へ帰る紀貫之の船に、和泉の国の沖で一人の男が飛び乗る。海賊を名乗る男は、貫之らが選んだ「古今和歌集」の題号や序、歌の六義、恋の部の多さを次々に論難し、三善清行を退けた延喜の世の政治まで批判すると、酒を飲んで去る。都に帰った貫之のもとには、菅原道真を論じた漢文と、貫之の名の読み方をあざける手紙が投げ込まれる。男は文屋秋津だったらしい。「目一つの神」では、歌の道を学ぼうと相模の国から都へ向かう若者が、近江の老曽の森の荒れた祠で夜を明かそうとして、神人・修験者・白狐の女房たちが集う一つ目の神の酒宴に行き会う。神は、乱れた世に家の伝えを称して教える師は偽りで、芸は自分の心で思い得るものだと説き、国に帰れと諭す。若者は神に扇ぎ上げられ、山伏に抱えられて空を飛び去る。「樊噲」の上巻では、伯耆の国の乱暴者・大蔵が、仲間にけしかけられて夜の大山に登り、賽銭箱を担ごうとして、箱ごと神に隠岐の島まで運ばれる。送り返されていったんは改心するが、博奕の負けを払うため母から銭を奪い、追ってきた父と兄、友を谷や淵へ蹴落として死なせ、逃げる。長崎の丸山で暴れたとき、唐人が叫んだ「樊噲」の名を自分の名にし、盗賊の村雲の手下となって大金を奪うと、僧の姿に身をやつして諸国を巡り、越の国へと向かう。
登場人物
- 平城天皇 心のまっすぐな帝。弟に位を譲り、旧都の平城に下る(血かたびら)
- 藤原薬子・藤原仲成 上皇の重祚をはかる兄妹(血かたびら)
- 良峰宗貞 仁明天皇に仕える色好みの蔵人。のちの僧正遍昭(天津処女)
- 紀貫之 土佐守の任を終えて帰京する歌人(海賊)
- 海賊 貫之の船に飛び乗り、古今集を論難する男。文屋秋津とされる(海賊)
- 大蔵(樊噲) 伯耆の国の大力の乱暴者。親兄を殺して逃げ、盗賊となる(樊噲)
冒頭部(原文より)
春雨今日幾日静かにておもしろ。水入の筆研とう出たれど、思ひめぐらすに、言ふべき事もなし。物語ざまのまねびは、初事なり。されど己が世の山賤めきたるには、何をか語りいてん、昔此頃の事どもも、人に欺かれしを、我また偽と知らて、人を欺く。よしやよし、寓言語り続けて、書とおし戴かする人もあればとて、物言ひ続くれば、猶春雨は降る/\。
「春雨物語」上田秋成(青空文庫)
末尾部(原文より)
鳥の鳴くに驚きて、又笠かづき杖つきて、身を細め、市町を通りて見れば、いとも賑はしきが恐ろし。住吉、天王寺なども、え見ずて、河内、和泉、紀の路を越え、大和路の此処彼処見巡りて都に来り、難波の騒がしきには似ねど、人目多ければとて、この冬は、み越路の雪に籠りて、春は東の国々見巡らむとて、急がぬ旅にも心せかれ、近江の海面を右に眺め渡して、越の国へと志す。
「春雨物語」上田秋成(青空文庫)
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:藤岡作太郎 校訂「春雨物語」(冨山房、1907年)。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、序と五編の本文を収録した(ルビ・漢文の返り点は省き、附載の「癇癖談」と解題は省いた。「樊噲」の番号は収録にあたって補った)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。