森の生活――ウォールデン――(ソロー)のあらすじ・登場人物
森へ行き、簡素に生きる
- 翻訳
- 文字数
- 285,777字
- 読了目安
- 約9時間32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
アメリカの思想家ヘンリー・デイヴィッド・ソローが、1845年からの2年2か月、マサチューセッツ州コンコード郊外のウォールデン池のほとりに自分で小屋を建てて独り暮らしをした記録(原題 Walden, or Life in the Woods。1854年刊)を、英文学者の神吉三郎が訳したもの。小屋の建築費や畑の収支を細かに記した「経済」に始まり、読書、孤独、訪問者、豆畑、池の四季、動物の隣人たち、春の訪れまでを章ごとに綴る。「簡素な生活、高き想い」を地で行き、ものと時間に追われる生き方を問い直した一冊として、今も世界中で読みつがれるアメリカ文学の古典。
あらすじ
「経済」の章でソローは、町の人々が家や財産や仕事に縛られ「静かな絶望の生活」を送っていると説き、人が生きるのにほんとうに必要なのは何かを問う。そしてウォールデン池のほとりの森に、借りた斧一本で松を伐り、二十八ドルあまりの材料費で小さな家を建て、1845年7月4日から住みはじめる。豆畑の収支や食費まで細かな帳簿で示し、年に六週間ほど働けば暮らしは立つと述べる。「住んだ場所と住んだ目的」では、森へ行ったのは慎重に生き、人生の根本的な事実にだけ向きあうためだったと語る。続く章では、古典を原語で読む喜び、汽車の汽笛や鳥の声に耳を澄ます日々、いちばん近い隣人も一マイル先という孤独の豊かさ、小屋を訪れる木こりや客人たち、炎天の豆畑での草取りが綴られる。村へ出たある日、奴隷制を認める国家に税を払わなかったかどで牢に入れられた出来事にも触れる。「池」の章ではウォールデンの水の深さと澄んだ色を測り、近くの池や農場を歩き、「より高い法則」では狩りと肉食、節制について思索する。冬には炉に火を絶やさず、凍った池の氷を切り出す人夫たちを眺め、氷の下の深さを確かめる。やがて春が来て氷が解け、生命がよみがえる。二年目も同じように暮らしたのち、1847年9月6日、ソローは池を引きはらう。「むすび」で彼は、人はそれぞれ自分の耳に聞こえる太鼓に合わせて歩めばよいと語り、まだ明けていない新しい日の到来を告げて筆をおく。
冒頭部(原文より)
経済 以下のページの大部分を書いたのは、わたしがマサチュセッツ州のコンコードの森のなかで、いちばん近い隣人が一マイルもはなれているウォールデンの池のほとりに自分で建てた家に住み、自分の手による労働だけにたよって生活の料をえていた時のことであった。わたしはそこで二年と二カ月くらした。現在はふたたび文明社会にもどっている。
「森の生活――ウォールデン――」ソロー(青空文庫)
末尾部(原文より)
わたしはジョンなりジョナサンなりがこの間の消息を解しうるとはいわない。しかしながら、単なる時の経過では決して曙けさせることのできない、あの朝の性格はこのようなものなのだ。われわれの眼を盲さす光りは、われわれにとっては闇にすぎない。それに対してわれわれが目醒めうる日のみが曙けるのだ。さらに新たな日が曙けんとしている。太陽は夜明けの明星にすぎない。
「森の生活――ウォールデン――」ソロー(青空文庫)
名文
大衆は静かな絶望の生活をおくっている。いわゆるあきらめと確かめられた絶望である。
ソロー『森の生活』第一章「経済」の一節。世間の型どおりの暮らしに潜むあきらめを言い当てた言葉として、英語圏でも広く引用される。
わたしが森に往ったわけは、わたしが慎重に生きようと欲し、人生の根本的な事実にのみ対面し、それが教えようと持っているものをわたしがまなぶことができないものかどうかを知ろうと欲し、わたしがいよいよ死ぬときに、自分は生きなかったということを発見することがないように欲したからである。
ウォールデン池のほとりで独り暮らしを始めた理由を述べる、本書で最も名高い一節。死ぬときに悔いを残さず「生きる」ことへの決意が凝縮されている。
人が彼の仲間と歩調をともにしないとすれば、それはたぶんかれらとちがった太鼓手を聴いているからだ。人は、いかに遠くとも、またどんな調子のものであっても、自分の耳で聞く音楽に合わせて足をはこぶことだ。
結びの章の一節。周囲と歩調が合わない人を、別の太鼓の音を聴く者と言い換え、自分の内なる音楽に従って生きることを肯定する。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。