長崎の鐘(永井隆)のあらすじ・登場人物
世界最後の原子野たらしめたまえ
- 社会
- 文字数
- 65,109字
- 読了目安
- 約2時間10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長崎県
この作品について
1945年8月9日、長崎医科大学で被爆した放射線科医・永井隆が、その日の惨状と救護活動を医師の眼で記録した手記。占領下で長く発表を許されず、ようやく1949年に刊行されるや大反響を呼び、同名の歌謡曲も生まれた。「戦争をやめよ」と叫ぶ結びの祈りは、いまも読む者の胸を打つ。
あらすじ
昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美しい浦上はその最後の朝を迎えた——そう書き起こされる。長崎医科大学は今日も八時から講義を始め、教職員も学生も防空服に救護材料を腰につけて、いざという時にそなえていた。警戒警報が鳴り、解除され、そして十一時二分、閃光が走る。倒壊した建物、飛び散るガラス、頭部を裂かれて血に染まる同僚たち。右側頭動脈を切って噴血しながら、永井は救護班を組織し、燃えさかる病院から患者を運び出す。数日後、彼はようやく我が家の焼け跡へたどりつき、台所のあたりで骨となった妻・緑を見つけた。ロザリオの鎖だけが、その傍らに残っていた。以後、永井は救護隊を率いて三ツ山へ入り、山村に避難した被爆者の治療にあたる。原子爆弾症の症状——白血球の激減、脱毛、紫斑、下痢——を克明に観察し、記録する。医師でありながら患者であり、被害者でありながら科学者であるという位置から、彼は原子爆弾のもたらしたものを見つめつづけた。やがて自らも倒れ、白血病の進行が明らかになる。物語の最後、廃墟の浦上天主堂から掘り出された鐘が鳴らされる。「カーン、カーン、カーン」——事変以来ずっと鳴らすことを禁じられていた鐘である。人類よ、戦争を計画してくれるな。原子野に泣く浦上人は世界に向かって叫ぶ。ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ、と。
登場人物
- 永井隆 長崎医科大学の放射線科医。被爆して救護にあたる
- 緑 原爆で亡くなった永井の妻
- 誠一・茅乃 永井の子どもたち
冒頭部(原文より)
その直前 昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美しい浦上は、その最後の朝を迎えたのであった。川沿いの平地を埋める各種兵器工場の煙突は白煙を吐き、街道をはさむ商店街のいらかは紫の浪とつらなり、丘の住宅地は家族のまどいを知らす朝餉の煙を上げ、山腹の段々畑はよく茂った藷の上に露をかがやかせている。
「長崎の鐘」永井隆(青空文庫)
末尾部(原文より)
人類よ、戦争を計画してくれるな。原子爆弾というものがある故に、戦争は人類の自殺行為にしかならないのだ。原子野に泣く浦上人は世界に向かって叫ぶ。戦争をやめよ。ただ愛の掟に従って相互に協商せよ。浦上人は灰の中に伏して神に祈る。ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえと。鐘はまだ鳴っている。
「長崎の鐘」永井隆(青空文庫)
名文
光りつつ秋雲高く消えにけり
被爆後の救護活動のさなかに重体に陥り、死を覚悟した永井隆が遺言として口にした句。光りながら高く消えていく秋の雲に、自らの命を重ねている。
原文を読む
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