天皇陛下にさゝぐる言葉(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
巡幸を前にした直言
- 社会
- 文字数
- 6,179字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1948年(昭和23年)1月、「風報」に発表された坂口安吾の評論。当時の天皇の地方巡幸を取り上げ、雑誌「真相」の諷刺をかばいながら、実質のない威厳をつくろう宮内省流のやり方を痛烈に批判する。人気とは何か、尊敬とは何かを、映画女優の人気や「人間天皇」という言葉と並べて考え、最後は天皇自身への呼びかけで終わる。安吾の天皇論としては最も筆致が率直な一篇。
あらすじ
(内容の要旨)安吾は、天皇の旅行が諷刺に値するという立場から書き始める。清掃され新装された都市や農村の「指定席」を巡る巡幸は、文化国ならゴーゴリ「検察官」の題材にすぎないという。「朕」という妙な人称や天皇服がなくなっても、実質のない架空の威厳を宮内省が作ろうとするのは婦人流のやり方で、かえって愚弄と諷刺の種になると論じる。人間の価値は実質で決まり、天皇という虚名による尊敬は本当の尊敬ではない。沿道の歓呼は人気にすぎず、映画女優の人気が才能で獲得されるのに対して、天皇の人気は批判を欠いた宗教的な狂信に近いと書く。地にぬかずくような敬愛は戦争の性格にも通じ、このままでは日本は再び戦争へ近づくという。人間の礼節の限度で敬愛されるようになるまで、陛下はしばらく宮城にこもって好きな生物学に打ち込み、忘れられたころに銀座へ散歩に出てほしいと結ぶ。
冒頭部(原文より)
天皇陛下が旅行して歩くことは、人間誰しも旅行するもの、あたりまえのことであるが、現在のような旅行の仕方は、危険千万と言わざるを得ない。 「真相」という雑誌が、この旅行を諷刺して、天皇は箒である、という写真をのせたのが不敬罪だとか、告訴だとか、天皇自身がそれをするなら特別、オセッカイ、まことに敗戦の愚をさとらざるも甚しい侘しい話である。 私は「真相」のカタをもつもので、天皇陛下の旅行の仕方は、充分諷刺に値して、尚あまりあるものだと思っている。 戦争中、我々の東京は焼け野原となった。その工場を、住宅を、たてる資材も労力もないというときに、明治神宮が焼ける、一週間後にはもう、新しい神殿が造られたという、兵器をつくる工場も再建することができずに、呆れかえった話だ。
「天皇陛下にさゝぐる言葉」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
そして、そのうち、国民から忘られ、そして、忘れられたころに、東京もどうやら復興しているであろう。そして復興した銀座へ、研究室からフラリと散歩にでてこられるがよろしい。陛下と気のついた通行人の幾人かは、別にオジギもしないであろうが、道をゆずってあげるであろう。 そのとき、東京も復興したが、人間も復興したのだ。否、今まで狐憑きだった日本に、始めて、人間が生れ、人間の礼節や、人間の人情や、人間の学問が行われるようになった証拠なのである。 陛下よ。まことに、つゝましやかな、人間の敬愛を受けようとは思われぬか。 たゞ今の旅行のようでは、狐憑きの信仰がふえる一方に、帽子を握って手をふる背広服の人形がメーデーに現れたり、「アヽ、ソウ」などというような流行語が溢れて、不敬罪が流行ハンランするに至るであろう。
「天皇陛下にさゝぐる言葉」坂口安吾(青空文庫)
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