ルバイヤート(オマル・ハイヤーム)のあらすじ・登場人物
酒をのめ、この一瞬を
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- 15,407字
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- 約31分
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- 新字新仮名
この作品について
11〜12世紀ペルシアの科学者で詩人のオマル・ハイヤームが残した四行詩(ルバーイイ)を、小川亮作がペルシア語の原典から直接訳した詩集(原題 Rubā'iyāt)。19世紀にイギリスの詩人フィッツジェラルドの英訳で世界に知られた作品で、ここではオマルの作と定評のある143首を「解き得ぬ謎」「無常の車」「一瞬をいかせ」など8章に分けて収める。初めは文語で訳したが、佐藤春夫のすすめで口語に改めたと訳者は記す。生と死の謎、運命のままならなさを見つめ、だからこそ今のこの一瞬を酒とともに楽しめとうたう詩句は、千年近くを経てなお新しい。
あらすじ
訳者のまえがきは、フィッツジェラルドの英訳が初めは古本屋の見切り本の箱に投げこまれ、ロセッティらに見いだされて世界的な名声を得るまでの数奇な運命を語り、続いて143首の四行詩が8つの章に分けて並ぶ。「解き得ぬ謎」の章は、人はどこから来てどこへ去るのか、なぜ生まれ、なぜ死ぬのかを問いかけ、その答えを知る者は誰もいないと嘆く。「生きのなやみ」「太初のさだめ」では、すべては天地のはじめに定められていて、人の力では変えられないという諦念がうたわれる。「万物流転」「無常の車」の章では、いま手にしている土の器も、かつては誰かの美しい顔であり王の体であったと、生あるものが土に還り、また別の形に巡っていくさまが見つめられる。「ままよ、どうあろうと」「むなしさよ」は、学者や神学者の論議のむなしさを笑い、あの世の約束よりも目の前の酒と恋人を選ぶ。最後の「一瞬をいかせ」では、過ぎたこともあしたのことも思いわずらわず、二度とかえらぬこの一瞬を楽しめという呼びかけが、くり返し響く。巻末には地名や人名の短い註が添えられている。
冒頭部(原文より)
解き得ぬ謎 1 チューリップのおもて、糸杉のあで姿よ、 わが面影のいかばかり麗しかろうと、 なんのためにこうしてわれを久遠の絵師は 土のうてなになんか飾ったものだろう? 2 もともと無理やりつれ出された世界なんだ、 生きてなやみのほか得るところ何があったか? 今は、何のために来り住みそして去るのやら わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ! 3 自分が来て宇宙になんの益があったか? また行けばとて格別変化があったか? いったい何のためにこうして来り去るのか、 この耳に説きあかしてくれた人があったか?
「ルバイヤート」オマル・ハイヤーム(青空文庫)
末尾部(原文より)
141 もうわずらわしい学問はすてよう、 白髪の身のなぐさめに酒をのもう。 つみ重ねて来た七十の齢の盃を 今この瞬間でなくいつの日にたのしみ得よう? 142 めぐる宇宙は廃物となったわれらの体躯、 ジェイホンの流れは人々の涙の跡、 地獄というのは甲斐もない悩みの火で、 極楽はこころよく過ごした一瞬。 143 いつまで一生をうぬぼれておれよう、 有る無しの論議になどふけっておれよう? 酒をのめ、こう悲しみの多い人生は 眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!
「ルバイヤート」オマル・ハイヤーム(青空文庫)
名文
だが今にして胸に宿る辞世の言葉は―― 水のごとくも来たり、風のごとくも去る身よ!
学問を誇った日々を振り返り、人の生を水と風にたとえる四行詩の後半。フィッツジェラルドの英訳でも名高い句を、小川亮作が原典から訳した。
一滴の水だったものは海に注ぐ。 一握の塵だったものは土にかえる。 この世に来てまた立ち去るお前の姿は 一匹の蠅――風とともに来て風とともに去る。
「万物流転」の章の一首。水は海へ、塵は土へと還るように、人もまた風とともに来て去るにすぎないと、無常を鮮やかな対句でうたう。
われらは人形で人形使いは天さ。 それは比喩ではなくて現実なんだ。 この席で一くさり演技をすませば、 一つずつ無の手筥に入れられるのさ。
人間を天に操られる人形にたとえた一首。比喩ではなく現実だと言い切る醒めた口調に、ハイヤームの運命観とユーモアがにじむ。
原文を読む
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