帝国文学とは

分類
結社・団体
読み
ていこくぶんがく

明治28年(1895年)1月、東京帝国大学文科大学の関係者が組織した帝国文学会の機関誌として創刊された学術文芸雑誌。井上哲次郎・上田萬年ら教授陣を後ろ盾に、上田敏・高山樗牛といった俊英が健筆をふるい、国民文学の創造の提唱、新体詩や国語国字をめぐる論議、西洋文学の紹介と翻訳を通じて、大学アカデミズムを背景とする発言力を明治の文壇に及ぼした。坪内逍遥の「早稲田文学」と並ぶ有力誌であり、東大系の学生・卒業生にとっては作品発表の場でもあった。明治38年(1905年)には夏目漱石がロンドン留学の記憶を幻想的につづった『倫敦塔』を、大正4年(1915年)には東京帝大在学中の芥川龍之介が『羅生門』を発表している。もっとも『羅生門』は当時ほとんど反響を呼ばず、芥川が世に出るのは翌年「新思潮」に載せた『鼻』を漱石が激賞してからであった。休刊を挟みながら刊行を続け、大正9年(1920年)1月、通巻296冊をもって終刊した。

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