羅生門(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
荒れた都で揺れる善悪
- 歴史
- 文字数
- 5,711字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
1915年(大正4年)11月、東京帝国大学在学中の芥川が『帝国文学』に発表した短編小説。『今昔物語集』の説話をもとに、古い物語の世界へ近代的な心理描写を持ち込んだ初期の代表作である。舞台は、災害や飢饉によって荒れ果てた京都。主人から暇を出された一人の下人が、暮れ方の羅生門で雨宿りをしながら、明日を生きる手立てを考えている。人の寄りつかない門、降り続く雨、迫る夜の闇が、行き場のない男の心境と重なり、短い作品に緊張感を与える。生存への切実な欲求と善悪の判断をめぐる問いが、人物の心理に即して描かれる点に特色がある。1917年には『鼻』『芋粥』などとともに、最初の短編集『羅生門』に収録された。歴史的な題材を通して人間の内面を探る、芥川文学の出発点を知る一編でもある。
あらすじ
職を失った一人の下人が、雨のやまぬ夕暮れ、羅生門の下で途方に暮れていた。盗人になるよりほかに道はないと思いながらも、その決断がつかずにいた下人は、雨露をしのぐため門の上の楼へと上る。そこで彼が見たのは、灯りを頼りに死骸から長い髪を一本ずつ引き抜いている一人の老婆の姿だった。強い憎悪と正義感に駆られた下人は老婆に刀を突きつけて誰何する。老婆は、髪は鬘にするためのものであり、この死骸となった女も生前は蛇を干魚と偽って売っていた、悪いことをしなければ生きていけなかったのだから自分のしていることも許されるはずだと弁明する。それを聞いた下人の心からは、盗人になることへのためらいが消え去り、「では、己が引剥ぎをしようと恨むまいな」と言い放つと、老婆の着物を剥ぎ取り、梯子を駆け下りて夜の闇の中へと消えていった。その後、下人がどこへ行ったのかは、誰も知らない。
登場人物
- 下人 主人(旧主)に暇を出された若い男。羅生門の下で雨宿りをしながら、生きるために盗人になるべきか思い悩む本作の主人公
- 老婆 羅生門の楼上で死骸から髪を抜き取っていた老女。己の行いを弁明し、下人に着物を剥ぎ取られる
冒頭部(原文より)
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
「羅生門」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪を倒にして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。下人の行方は、誰も知らない。
「羅生門」芥川龍之介(青空文庫)
名文
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
荒廃した平安京の一隅に、時と人物を一息に据える簡潔な導入。生きるための悪へと踏み出す下人の物語が、ここから静かに動き出す。
下人の行方は、誰も知らない。
全編を締めくくる最後の一行。悪へ踏み出した下人を闇の中へ消し、その後を語らずに読者へ委ねて突き放す。
「では、己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」
老婆の言い分を聞いた下人が、盗人になる決意を固めて言い放つ言葉。生きるための悪を老婆自身の論理で正当化し、物語は闇へと向かう。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。