津下四郎左衛門(森鴎外)のあらすじ・登場人物
小楠を斬った男の子の聞書
- 歴史
- 文字数
- 22,440字
- 読了目安
- 約45分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 岡山県
- 京都府
この作品について
『中央公論』1915年4月号に載った史伝。熊本の思想家横井小楠を暗殺した津下四郎左衛門の子・鹿太(正高)から聞いた話を、聞書の形で公にしたもの。津下の子が「私」の一人称で、父の生涯を調べ、冤を雪ごうとした半生を語り、鷗外は編者としての来歴を添える。のちの補遺では、新たに得た資料や書状も加えられている。
あらすじ
語り手の「私」津下鹿太は、横井小楠(平四郎)を殺した津下四郎左衛門の子である。世に知られた横井に比べ、父の名は恥辱とともにある。私はその冤を雪ぐため、父の生涯をたどる。父は嘉永二年、備前の里正の家に生まれ、幼いころから尊王攘夷を「正義」と信じて育つ。明治元年、岡山藩の勇戦隊への志願を身分が低いと断られたが、隊の後を追って従い、のちに隊に加えられる。京都へ上り、同志の上田立夫らと、開国論に傾く参与の横井を斬る機会をうかがい、明治二年正月五日、寺町で横井の駕籠を襲って首を取った。父は逃げのびたが、九日後に捕らえられ、明治三年十月に斬られた。残された私と母は日蔭者となり、私は学問を廃して父の足跡を調べ、贈位を願ったが叶わなかった。私は、父を、時勢の秘密を知り得なかった愚かな人でありながら気節を重んじた善人と見なす。鷗外は聞書の編者として来歴を記し、のちに補説として、関係者の談話や薫子の書状などを加える。
登場人物
- 津下鹿太(正高) 「私」。津下四郎左衛門の子
- 津下四郎左衛門 鹿太の父。横井平四郎を斬る
- 横井平四郎(小楠) 熊本の思想家。新政府の参与
- 上田立夫 四郎左衛門の同志
- 薫子 四郎左衛門の助命のため周旋したという女
冒頭部(原文より)
津下四郎左衛門は私の父である。(私とは誰かと云ふことは下に見えてゐる。)しかし其名は只聞く人の耳に空虚なる固有名詞として響くのみであらう。
「津下四郎左衛門」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
私はもうあきらめた。譲歩に譲歩を重ねて、次第に小さくなつた私の望は、今では只此話を誰かに書いて貰つて、後世に残したいと云ふ位のものである。
「津下四郎左衛門」森鴎外(青空文庫)
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