鼻(ゴーゴリ)のあらすじ・登場人物
ある朝、鼻が消えていた
- 風刺
- 幻想
- 翻訳
- 文字数
- 27,153字
- 読了目安
- 約54分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ゴーゴリが1836年に発表した奇想の短編を、ゴーゴリの名訳者として知られる平井肇が訳したもの(岩波文庫『外套・鼻』、1938年)。ある朝、自分の鼻が顔から消えていることに気づいた八等官が、五等官の礼服を着て町を乗り回す自分の鼻を追ってペテルブルグを駆けずり回る。荒唐無稽な出来事を誰も深く怪しまない官僚社会を、とぼけた語り口で笑いのめした作品で、ショスタコーヴィチのオペラの原作にもなった。芥川龍之介にも同名の短編「鼻」があり、題材は『今昔物語集』などに取ったものだが、ゴーゴリのこの作品との関わりもしばしば指摘される。
あらすじ
三月二十五日の朝、ペテルブルグの理髪師イワン・ヤーコウレヴィッチが焼きたてのパンを切ると、中から人間の鼻が出てきた。それは毎週顔を剃りに来る八等官コワリョーフの鼻だった。女房に追い立てられた彼は、包みを隠して捨てようと町をさまよい、ついにイサーキエフスキイ橋からネワ河へ投げ落とすが、橋のたもとで巡査に見とがめられる。同じ朝、コーカサス帰りの八等官で「少佐」と自称するコワリョーフは、目をさまして鏡を見ると、鼻のあった場所がつるつるの平らになっていることに気づく。慌てて町へ出ると、五等官の礼服を着た自分の鼻が馬車から降りてくるではないか。カザンスキイ大伽藍で祈る鼻に詰め寄るが、鼻は「僕はもとより僕自身です」と言って取り合わない。新聞社に尋ね人の広告を頼めば信用にかかわると断られ、分署長には昼寝の邪魔と追い返され、彼は自分に娘を押しつけようとしている佐官夫人ポドトチナの呪いではないかと疑い出す。そこへ橋のたもとにいた巡査が、乗合馬車でリガへ逃げようとしていた鼻を捕まえて届けてくれる。ところが鼻はどうしても顔にくっつかず、呼ばれた医者も、無理にくっつけるより、アルコール漬けにして売ったほうがよいと言う始末だった。町では、少佐の鼻がネフスキイ通りを散歩しているという噂に野次馬が押しかけるが——。
登場人物
- コワリョーフ コーカサス帰りの八等官。少佐と自称し、ある朝鼻を失う
- 鼻 持ち主の顔を離れ、五等官の礼服を着て町を乗り回す
- イワン・ヤーコウレヴィッチ 理髪師。焼きたてのパンの中から鼻を見つける
- プラスコーヴィヤ・オーシポヴナ 理髪師の女房
- ポドトチナ 佐官夫人。娘をコワリョーフに嫁がせたがっている
冒頭部(原文より)
一 三月の二十五日にペテルブルグで奇妙きてれつな事件がもちあがった。ウォズネセンスキイ通りに住んでいる理髪師のイワン・ヤーコウレヴィッチ(というだけでその苗字は不明で、看板にも、片頬に石鹸の泡を塗りつけた紳士の顔と、【鬱血もとります】という文句が記してあるだけで、それ以外には何も書いてない)、その理髪師のイワン・ヤーコウレヴィッチがかなり早く眼をさますと、焼きたてのパンの匂いがプーンと鼻に来た。寝台の上でちょっと半身をもたげると、相当年配の婦人で、コーヒーの大好きな自分の女房が、いま焼けたばかりのパンを竈から取り出しているのが眼についた。「きょうはねえ、プラスコーヴィヤ・オーシポヴナ、コーヒーは止しにするぜ。」と、イワン・ヤーコウレヴィッチが言った。「そのかわり、焼きたてのパンに葱をつけて食べたいね。」(つまり、イワン・ヤーコウレヴィッチにはコーヒーもパンも、両方とも欲しかったのであるが、一どきに双方を要求したところで、とても駄目なことがわかっていた、それというのも、プラスコーヴィヤ・オーシポヴナが、そうしたわがままをひどく好かなかったからである。)【ふん、お馬鹿さん、欲しけりゃパンを食べるがいいさ、こちらにはその方が有難いや。】と、細君は肚の中で考えた。【コーヒーが一人前あまるというもんだからね。】そしてパンを一つ食卓の上へ抛り出した。 イワン・ヤーコウレヴィッチは、礼儀のためにシャツの上へ燕尾服をひっかけると、食卓に向かって腰かけ、二つの葱の球に塩をふって用意をととのえ、やおらナイフを手にして、勿体らしい顔つきでパンを切りにかかった。真二つに切り割って中をのぞいてみると――驚いたことに、何か白っぽいものが目についた。イワン・ヤーコウレヴィッチは用心ぶかく、ちょっとナイフの先でほじくって、指でさわってみた。【固いぞ!】と、彼はひとりごちた。【いったい何だろう、これは?】 彼は指を突っこんでつまみ出した――鼻だ!……イワン・ヤーコウレヴィッチは思わず手を引っこめた。眼をこすって、また指でさわって見た。鼻だ、まさしく鼻である!
「鼻」ゴーゴリ(青空文庫)
末尾部(原文より)
それにまた、焼いたパンの中から鼻が飛び出したなどというのも訝しいし、当のイワン・ヤーコウレヴィッチはいったいどうしたのだろう?……いや、わたしにはどうもわからない、さっぱり訳がわからない! が、何より奇怪で、何より不思議なのは、世の作者たちがこんなあられもない題材をよくも取りあげるということである。正直なところ、これはまったく不可解なことで、いわばちょうど……いや、どうしても、さっぱりわからない。第一こんなことを幾ら書いても、国家の利益には少しもならず、第二に……いや、第二にも矢張り利益にはならない。まったく何が何だか、さっぱりわたしにはわからない……。 だが、まあ、それはそうとして、それもこれも、いや場合によってはそれ以上のことも、もちろん、許すことができるとして……実際、不合理というものはどこにもあり勝ちなことだから――だがそれにしても、よくよく考えて見ると、この事件全体には、実際、何かしらあるにはある。誰が何と言おうとも、こうした出来事は世の中にあり得るのだ――稀にではあるが、あることはあり得るのである。
「鼻」ゴーゴリ(青空文庫)
名文
三月の二十五日にペテルブルグで奇妙きてれつな事件がもちあがった。
ゴーゴリ『鼻』の書き出し。日付まで添えて大まじめに語り出される「奇妙きてれつな事件」とは、ある男の鼻が顔から消えることだった。
【どうして、あいつに近づいたものかな?】と、コワリョーフは考えた。【服装がれっきとしており、おまけに五等官と来てやあがる。】
消えた自分の鼻が、自分より位の高い官吏の姿で街を歩いているのを見た少佐の心中。官等にこだわる役人社会への風刺がきいている。
誰が何と言おうとも、こうした出来事は世の中にあり得るのだ――稀にではあるが、あることはあり得るのである。
作品の結び。荒唐無稽さをさんざん自分で疑ってみせた語り手が、最後に「あり得る」と言い切る。とぼけた語りの妙が光る一文。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
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