リップ・ヴァン・ウィンクル(アーヴィング)のあらすじ・登場人物
山の奥で酒をひと口
- 幻想
- 風刺
- 翻訳
- 文字数
- 18,363字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ワシントン・アーヴィングが1819年に刊行を始めた『スケッチ・ブック』の第1分冊に収めた短編「Rip Van Winkle」を、吉田甲子太郎が訳したもの(新潮文庫『スケッチ・ブック』所収)。「スリーピー・ホローの伝説」と同じく、ニューヨークの老紳士ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿という体裁で語られる。主人公は、ハドソン河を見下ろすカーツキル山脈のふもとの村に住むリップ。子どもや近所の人には好かれる気のいい男だが、自分の畑や家の仕事は大の苦手で、口やかましい女房に責められては愛犬を連れて外へ逃げ出している。英国の植民地だったころのオランダ系移民の村の暮らしぶりを、おおらかなユーモアで描きながら、銃をかついで山へ入ったリップの身に起こる不思議な出来事へと話を運ぶ。アメリカで書かれた短編小説の早い古典の一つとして知られる。
あらすじ
ハドソン河を望むカーツキル山脈のふもとに、オランダ系の移民が開いた小さな村がある。この地方がまだ英国の植民地だったころ、村に住むリップ・ヴァン・ウィンクルは、子どもや近所の人には好かれる気のいい男だったが、自分の畑や家の仕事となるとまるで手がつかず、口やかましい女房に責められては、愛犬ウルフを連れて家の外へ逃げ出していた。宿屋の前で村の長老ニコラス・ヴェダーたちとのんびり過ごす時間も、女房に乗りこまれてままならなくなる。ある秋の日、リップは栗鼠撃ちに山へ入り、日暮れどきに自分の名を呼ぶ声を聞く。古風なオランダ風の服を着た老人に頼まれて酒樽を運び上げると、山あいの窪地では、同じような身なりの陰気な男たちが無言でナインピンズに興じていた。給仕をさせられたリップは、こっそりその酒を飲むうちに眠りこんでしまう。目を覚ますと朝で、手もとには錆びついた古い火縄銃があるだけ、ウルフも見当たらない。村へ戻ると知った顔は一人もなく、自分の顎ひげは一尺も伸び、家は荒れ果てていた。宿屋はユニオン・ホテルに変わり、看板のジョージ三世はワシントン将軍になっている。選挙で騒ぐ人々の前で「王様万歳」と口走ったリップは、スパイだと怪しまれる。旧友たちは死んだか戦争に行ってしまっており、木にもたれた自分そっくりの男が息子だと知って、リップは自分が誰なのかもわからなくなる。そこへ赤ん坊を抱いた若い女が現れ、父のリップは二十年前に山へ出かけたきり帰らず、母もつい先ごろ亡くなったと話す。彼女が娘のジュディスだと知ったリップは名乗り出て、老婆の一人も彼だと認めた。村の古老は、カーツキルの山には二十年ごとにヘンドリック・ハドソンと半月丸の乗組員が現れてナインピンズをするという言い伝えを語る。こうしてリップは、独立戦争を経て合衆国となった村で娘の家に引き取られ、女房の小言からも解放されて、宿屋の前のベンチで誰彼となく自分の話を語って暮らすのだった。
登場人物
- リップ・ヴァン・ウィンクル 人がよく誰にでも好かれるが、自分の仕事は大の苦手な男
- ヴァン・ウィンクルのおかみさん リップの口やかましい女房
- ウルフ リップの愛犬。主人と同じく女房に頭が上がらない
- ニコラス・ヴェダー 村の長老で、宿屋の主人
- ジュディス・ガーディニア リップの娘
- 山の男たち 古風なオランダ風の身なりで、山中でナインピンズに興じる無言の一団
冒頭部(原文より)
船でハドソン河をさかのぼったことのある人なら、だれでも、きっとカーツキル山脈を憶えているにちがいない。それはアパラチヤ大山系から分離した一つの支脈で、はるかに河の西方に見え、気高く聳え立って、そのあたり一帯に君臨している。季節が移りかわるごとに、天候が変化するごとに、いやそれどころか、一日のうちでも時々刻々に、この山々のふしぎな色や形は変化を見せるので、どこの女たちも、この山脈をくるいのない晴雨計だと思っている。よい天気がつづくときには、山々は青と紫とにつつまれて、澄みとおった夕空にくっきりとその輪郭を描きだす。しかし、時には、ほかのところに一点の雲もないのに、この山々は、その頂きに灰色の霧の頭巾をつけることもあり、それが夕陽の最後の光をあびて、栄光の冠とまごうばかりにきらきらと光り輝くのだ。 ハドソン河の船客は、この霊妙な山なみのふもとの村から、かるく煙が立ちのぼってゆくのを、みとめるだろう。その村の板葺屋根が、木の間がくれにちらちら光っている、ちょうどそのあたりで、高地の紺青色が、近くの鮮かな緑色にとけこんでいる。それは小さな村だが、たいへん古く、この地方のひらけはじめた頃、ちょうどピーター・スタイヴァサント(安らかに眠りたまえ)の治世の初期に、数名のオランダ移住民が建設したもので、そこにはつい二、三年まえまで当初の移民の家がいく軒か残っていた。その家は、オランダから持ってきた黄色い小さな煉瓦で建てられ、格子窓があって、正面は破風造りで、棟には風見がのっていた。
「リップ・ヴァン・ウィンクル」アーヴィング(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼は、ドゥリトルの旅館に知らぬ人が着くと、だれにでも自分の話をしてきかせた。はじめのうちは話すたびに、ところどころ違っていたが、それはたしかに、彼が眠りから醒めてまだ間もなかったからだ。しまいには、わたしが今まで述べた話の通りにぴったり落ちつき、この界隈では男も、女も、子供も、それを暗記していないものはなかった。なかには、いつもその話の真実を疑うようなふりをして、リップは頭がどうかしていたのだ、だから、いつでもとりとめがないんだ、と言いはるものもいた。しかし、年とったオランダ人たちは、ほとんどみなこの話を信じきっていた。今日でも彼らは、カーツキルの山のあたりに、夏の午後、雷鳴をきくと、かならずヘンドリック・ハドソンとその部下の乗組員たちとがナインピンズをして遊んでいるのだと言う。このあたりの女房の尻に敷かれた亭主どもは、人生が重荷になってくると、リップ・ヴァン・ウィンクルの酒壜から一口飲んで、気楽になりたいものだと一様にねがうのである。
「リップ・ヴァン・ウィンクル」アーヴィング(青空文庫)
名文
のんびりとこの世をくらし、白パンであろうと、黒パンであろうと、なるべく頭をつかったり骨を折ったりしないで手に入るほうを食べ、働いて一ポンドの金をかせぐよりは、むしろ一ペンスしかなくても腹を空かせているほうがよかった。
お人よしで怠け者のリップの気質を描く一節。アーヴィングのユーモアがよく表れ、女房に叱られ通しの彼が憎めない人物として立ち上がる。
リップの話はすぐにすんだ。丸二十年が彼にはたった一夜に過ぎなかったからだ。
山から村へ戻ったリップが、身の上を語る場面。「アメリカの浦島太郎」とも呼ばれる物語の奇想を、短い二文で言い表している。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
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